「シッ!」Nが人差し指を口にあてて、小声で言った。「…… これからクライマックスシーンのネタバレをするってことね」「……誰に言ってるんだよ」それを無視するNに僕は、ラストシーンの流れを整理してみた。アナとクリストフは、トロルに真実の愛が魔法を解く鍵だと教えられる。アナはそれを“好きな男性とのキス”と解釈して、ハンスにキスを頼むのだが、ハンスはそこで野心を露わにする。危機に陥るアナだったが、アナの身を案じていたクリストフが駆けつけようとしていることがわかり、アナは城の外に出る。だがアナは、捕らわれていた城から逃げ出したエルサがいることに気づき、エルサのほうに向かう。そしてハンスがエルサを殺そうとした瞬間、アナはその身をハンスの剣の前に晒す――。「ポイントは二つあると思うんだよ」僕は言った。「一つは“真実の愛”が、ハンスやクリストフとの恋愛かと思ったらそうじゃない、ってところ。じゃあ、何が“真実の愛”だったといえば、エルサを思って自分は死んでもいいと身を投げ出すことだった、と。もう一つは、自分が身を以て示した“真実の愛”で、アナ自分自身が救われるって展開のところだよね。そのかわりエルサの心が救われる過程は描かなくて、勢いでアナの愛に触れてどうやら心も解放され、能力をコントロールできるようになったらしいことになっちゃう」「あそこはなんかすごい勢いだったものね。あなたがアナはエルサを救えないといくら力説しても、あのたたみかけを見ちゃうと、なんか納得するしかないわよね」「まぁねぇ。乱暴力ってやつだねぇ」「今あるキャラクターから増やさないとすれば、アナが真実の愛を知ることが、エルサを救うという構図は崩せないわよね。で、アナがエルサを救えない理由は、エルサが抑圧されていた原因を知らないこと。つまりここをうまく繋ぐことができれば、『アナと雪の女王』のもやっとした感じが晴れる、というわけね」……そういって、Nは腕組みをして考え始めた。いつもは反射的にものを言うNがこんなふうに作品について考えるのは珍しい。長考するなら、ここじゃなくて、どこか喫茶店にでも行って一人で考えればいいのに、と思い始めた瞬間、Nが口を開いた。「わかったわ!」「何がわかったのさ?」「アナとエルサの間をつなぐ大事なパーツが、ちゃんと映画の中にあったってことよ」「何だい。パーツって?」「オラフよ」得意満面の顔でNは言った。「オラフ?」僕が怪訝な顔をすると、Nは説明を始めた。「そう。アナの中から消されてしまった、エルサの能力で楽しく遊んだ記憶を持っているのは、オラフなのよ。そしてエルサがどういう経緯で抑圧されることになったかも知っていておかしくない。つまりオラフであれば、アナの記憶を蘇らせて、そこにエルサの苦悩があったことを知らせることができるのよ。つまりオラフがアナに状況を説明してあげていさえすれば、アナはエルサをちゃんと救ってあげることができたはずなのよ!」「そうか」力説するNを見て、僕も思わず頷いてしまった。「暖炉の前でオラフが、真実の愛とは自分より他人のことを大切に思うこと、みたいなことを言うよね。あれ、どうしてこんなコメディリリーフに大事なセリフを言わせるんだろうと思っていたんだけど……オラフが、記憶を書き換えられる前のアナとエルサの絆を象徴するキャラだとするなら、……納得だ」Nはずいぶんと得意げだ。小鼻がひろがってる。「あれよほら、オラフは移行対象ってやつだったのよ。エルサとアナが大人になるために付き添ってくれる人間じゃない存在。だからきっとホントは、二人のわだかまりを解く役をやりきって溶けちゃうのが、役割としては素直なところだったんじゃないかしら」なんか妄想でどんどんと話を進めるN。「えー、それはわかるけど、ちょっとオラフがかわいそうなんじゃない?」そうするとNはすました顔でいった。「そのあとに、すぐエルサに作り直してもらえばいいのよ。アメリカ映画ってたいがいそういう感じじゃない?」自分なりの『アナと雪の女王』を発見して、もう何を言っても聞きそうにないNを見ながら僕は、その時、もしエルサがオラフに弟も一緒にでもつくってあげると、それはそれで美しい結末かなと思った。
庵野秀明監督はなぜ「シン・エヴァ」で“絵コンテ”をきらなかったのか?【藤津亮太のアニメの門V 第69回】 2021.4.2 Fri 18:15 アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第69回目は、庵…