押井守監督の新作映画『立喰師列伝』の劇場公開が、4月8日から始まった。公開を喜ぶと同時に、僕は映画『立喰師列伝』の微妙なポジションに少しばかり心配を感じる。この映画を観ない多くの人が、この映画を誤解するかもしれないという不安である。 低予算映画、押井守独自の戦後史の読み直し、親しい友人を登場させた私的な空間といったものが、この作品にマイナーで難しいものというイメージを与えるからだ。 しかし、実際の映画『立喰師列伝』は「普通に面白いエンタテイメント作品」である。深く考えることなく映画館の座席に座って楽しい時間を過ごす作品なのだ。 これまでの押井守監督の作品は、観ることに忍耐を要求し、その忍耐のうえに世界が開けるといったものが少なくない。あるいは、観る者に物を考えることを要求する作品といっても良いだろう。 例えば『うる星やつら2ビューティフルドリーマー』では、夢と現実の違いを観る者に直接問いかけていたし、『攻殻機動隊』では草薙素子というキャラクターを通して、自我とは、自己の存在は何かを問いかけ続けていた。 最新作の『イノセンス』に至っては、全編がキャラクター同士の問いかけから成り立っていた。そして、こうした思考の機動装置としての役割が、これまでの押井作品の魅力でもあった。 しかし、『立喰師列伝』にはこれまでの作品と違い、執拗な問いかけが存在しない。作品世界を作り上げている虚構の戦後史といったなかに、現実と非現実の曖昧さや虚と実の違いという押井守のこれまで多く見られたテーマは存在している。 あるいは、月見の銀二が言うそばの中の景色論やフランクフルトの辰の自己との対話などにそうした残滓をみることも出来る。ところが、それらは問いかけではなく既に結論が存在している。問いかけとしては、成立していない。 つまり、『立喰師列伝』のなかでは虚構は作られるが、それは観客に提示されるだけである。 むしろ、作品のなかで印象深いのは、ハンバーガーを次々に注文をして、ハンバーガーチェーンを壊してしまう立喰師の存在の馬鹿馬鹿しさだったり、インド人そっくりの日本人立喰師という存在のあり得なさだったりする。 本来エンタテイメントというのは、くつろぎの時間を観る者に与える作品である。映画『立喰師列伝』は、これまでの押井守のテーマを内包した物語であると同時に、気軽に楽しく見られるという部分でエンタテイメント作品なのである。/立喰師列伝公式サイト
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