「ネタとメタとベタ」――『銀魂』の本質は娯楽の王道!:氷川竜介 | アニメ!アニメ!

「ネタとメタとベタ」――『銀魂』の本質は娯楽の王道!:氷川竜介

レビュー 実写

文: 氷川竜介(アニメ評論家)

ビックリして非現実感に心揺らし、笑って泣く。『劇場版銀魂完結篇 万事屋よ永遠なれ』は、まさに娯楽の王道だ。7月20日は宮崎駿監督作品『風立ちぬ』の公開日――それを過ぎても、現在公開中である。であれば、まずヒトコト言いたい。『劇場版銀魂』を未見なら、今すぐ行こう! もし「テレビか配信かソフトでいいや」なんて考えたら、大いなる機会損失になる。あとで「そういうことだったの?」なんて思っても手遅れ。「銀魂体験」ができるのは「いま」だけだ。

何もかもが《コンテンツ》という虚しい言葉で語られがちな昨今、「いまここにしかない」というあの高揚感は、ユーザー体験こそが最重要と気づかせてくれた。そんな映画でもある。
少し角度をかえてみよう。『銀魂』の面白さ・楽しさの本質の在処は「ネタとメタとベタ」にある――映画を見終えて、真っ先に思ったのが、それだ。

観た者誰もがネタバレのため沈黙せざるを得ない、映画冒頭の「なんじゃそりゃ!」と絶叫したくなる大仕掛け。普通は絶対にやらない/できないような「ネタ」。そしてスクリーンの向こうにいるキャラが呼びかけてくるような、観客いじり。「映画とはこういうフォーマット」という枠組みさえブチ壊す脱構築の果てに感じる、映画と観客の不思議な一体感が「メタ」だ。
そんな「メタなネタ」で起きた爆笑の連鎖で、劇場の空気が次第に暖まっていく様相が実に心地よい。その上がった気分は次の展開では下降し、上げ下げが続く波動の感覚。そんな限りなく「芸能」に近い感じが、『銀魂』の放つ魅力である。これは集団作業のアニメ制作にとって、本来もっとも苦手とすることである。設計図的プロセスの積みかさねをブチ壊せ! アニメはこんなものと思わせるな! そんな意気込みは、主人公・銀さんの姿勢ともリンクしている。
この一期一会的な楽しさは、パンフレット(フィルムを貼る欄がある!)や入場者プレゼント(空知先生がここまで!)など、作品の外部にあるべきあれこれもコミコミで巻き込み、「場」との共鳴が極限まで盛り上がっていく。試写会でなく、劇場に足を運んで良かったと実感した。このお祭りに参加するなら、やはり「いま劇場で」しかない。

さて肝心の「ベタ」の解説が残っていた。劇場版ならではのオールスター戦。すべての登場キャラが銀さんに触発され、次第に熱量をあげて抗い、戦いぬく総力戦――劇場版としては実に《王道》の展開だと思った。設定や運命すら乗りこえて、敵味方の確執さえも無視して、大いなる影響を周辺にあたえ続ける銀さんの熱気。その背後にある精神性ごと、よく描かれている。
バカばかりやってるように見えるキャラが全力で動き、そのヒートアップが観客すらを巻きこんで、全体として醸しだされるグルーブ感。その中で、ホロリと大事なことが語られる瞬間こそ、もっとも味わいぶかい。全身全霊で語りぬくからこそ生まれる感動の構図。それこそが、まさに「ベタ」なのだ。

「ネタとメタとベタ」のトライアングルはTVシリーズから何も変わっていない。そして今回は、「劇場」という環境とイベント性にチューンされぬいている。だから、リアルタイムに一刻も早く「劇場へ行け」と言うしかないわけだ。何をどう語っても「ネタバレ」になる珍しい映画でもあるが、なぜみんなそれほど積極的に隠したくなるのか。その秘密ごと、映画館で確かめていただきたい。

『劇場版銀魂 完結篇 万事屋よ永遠なれ』
/http://www.gintama-movie.com
《animeanime》
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