カメラは時を刻み、そして記録する――『クロニクル』: 氷川竜介 | アニメ!アニメ!

カメラは時を刻み、そして記録する――『クロニクル』: 氷川竜介

レビュー 実写

文: 氷川竜介(アニメ評論家)

必見という噂を聞いて劇場で鑑賞し、衝撃を受けた。超能力の発現と制御できなくなる恐怖と不安という点では、もちろん大友克洋の『AKIRA』との類似性は誰もが気になる点だ。
しかし、それだけではなかったのだ。予備知識は少ない方が効果的な映画ではあるが、特にアニメファン向けに注目してほしい2点を述べておこう。

ひとつは青春ストーリー的要素である。物語は主人公たちがサイコキネシス(念動力)を獲得することで生まれる特権性、それを駆使することの恍惚と、やがて来る破局への不安感を軸に進んでいく。
ミドルティーンという子どもから大人へ向かう分岐点で訪れる「精神・肉体の変化」のメタファーであることは言うまでもないが、日本のアニメの多くがロボットの操縦などに託して描いてきたものと非常に近しく、充分に共感できる。同時に通過儀礼のプレッシャーの描写は『キャリー』(最初の映画化は1976年)などの系譜に連なるもので、日本とは異質な部分もある。

ふたつ目は「視点の問題」である。映像作品は常に「カメラの存在」を問われる。観客は潜在的に「誰が何の目的でどこにカメラを置いてどう被写体を切り取っているか」を意識させられる。この映画の場合は「ファンド・フッテージもの」と呼ばれる『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』('99)のヒットで流行した形式を採択し、そこに根拠をあたえている。つまり誰かが発見した素材を編集したものを装ったフェイクなわけだが、「自分撮り」を続ける主人公のカメラへの執着心が、映像全編に染みついている。そして事件が進展するにつれて変化し続けるカメラポジションや移動感そのものが、彼の得た能力とその結果起きた精神の歪みなどと共鳴し、心理を「語り口」としてビビッドに伝えてくる。
やはり「映像でなければ語れないこと」は厳然としてあるのだ。かつ低予算を逆手にとり、「フッテージは低解像度含む」という設定で粗いクオリティがむしろ迫力になる手法を多用している。結果的に人が空を飛ぶシーンひとつ取っても、超ゴージャスな大作映画より真に迫ってみえたりする。こうしたクレバーな映像の取り回しは、現実から情報を大胆に取捨選択して成立させているアニメの発想とも響きあうところ大である。

そして極めつけは、題名の「クロニクル」だ。「年代記」と訳されることも多いが、「クロノス」がギリシア神話の「時間の神」であると思い至ったとき、その意味にゾッとしたのだった。「時とともに在るものを刈り取り、編み上げて記すもの」がクロニクルなら……本作は「カメラが見続けた、かけがえのない時の集積」ということになる。そして映像として残った「時」は本人の存在と等価か、それ以上のものかもしれないのだ。
ここまで思考を進め、映画の描いた二度と戻らぬ青春の全容を脳内で一挙にフラッシュバックさせたとき、得も言われぬ切なさに思わず嗚咽しそうになった。これはそんな還らぬ時の想いを刻みこんだ映画なのである。

映画『クロニクル』
2013月12月4日 ブルーレイ・DVD発売
■ エクステンデッド・エディション(未公開映像収録)
■ 日本オリジナルの解説書(8ページ)
/http://chronicle-movie.jp

fd


《animeanime》
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