「これが世界だよ、さあ目を開けて」――「サカサマのパテマ」レビュー:上田繭子

レビュー 実写

ある日、空から美少女が降ってくる――。それは、すべての男の子たちの夢らしい。でも、たまには少年のほうが降ってきてくれてもいいんじゃないでしょうか。美少年だとなお良し。「それ、『世紀末オカルト学院』の第1話でやったよ」って? たしかに、ありえない夢を見てすみませんでした、と全力で謝りたくなる衝撃的な一幕がありました。空から降ってくるのは、やはり少女のほうがいいらしい。

この『サカサマのパテマ』もまた、一見するとそんな「落ちもの」ヒロインの系譜にある作品に思えます。けれど、それだけでは留まりません。冒頭、少女パテマは見知らぬ男に追われ、奈落の底に落ちていく。そして、エイジという少年とめぐり会うのですが、それは彼にとっては心躍る出会いでも、見ず知らずの世界にいきなり放り出されたパテマにとっては恐ろしいひとときだった……そんな発想の転換を、文字どおり「天地をひっくり返す」ことでこの作品は行ないます。

というのも、少年が暮らす世界アイガと、少女がやってきた地下世界では、重力の向きが逆になっているからです。「サカサマ人」と呼ばれる少女が天井に足をつけて立っている姿は、ちょっと滑稽に映るかもしれません。でも、パテマに助けを求められ、思わずその手を取った少年エイジがふわりと宙に浮き、空高くのぼっていくシーンを見れば、この出会いのトキメキが身をもって感じられるはず。

しかし、少年と少女の、アイガと地下世界との出会いは禁忌を破ることだった。2人はどちらの世界からも責められ、引き裂かれてしまう。けれど、空を見上げることは罪なのか? 広い世界を夢見るのはいけないことなのか? 飛翔は墜落をも意味するのなら、その逆もまた真なのではないのか?

この作品のユニークさは、良い意味で「地に足が着いていない」ところにあります。どちらか一方の世界にようやく慣れたと思っていると、カメラがぐるりと180度回転して、これまで地面だったところは天井に、果てしない空が広がっていたところに無限の奈落が現われる。

それは、人類が初めて月面を歩いたときのようにワクワクする、でもそれと同時に、空中ブランコのようにスリリングで息を呑む体験。もしかすると、「未知との遭遇」こそ、この作品のテーマなのかもしれません。パテマとエイジがお互いをしっかり抱きしめる姿が、アルファベットの「X」のような姿をしているのは、まったく違った2人が出会ったからこそ生まれた、無限の可能性を示しているからのように思えてなりません。それは、恋と呼ばれることもあれば、憧れという人もいるでしょう。

空から男の子が降ってくるのが無理なら、いっそ、奈落の底へ飛び込んでみるのもいいかもしれない。ここにはない、もう1つの世界を夢見れば、その思いが翼となって、この身をふわりと浮き上がらせてくれるかもしれないから。『イヴの時間』で人間とアンドロイドとの思いの矢印を自由に行き来してみせた吉浦康裕(原作・脚本・監督)による、埃と錆にまみれた「古い」世界と、近未来のようで、どこか懐かしい「新しい」世界との描写にじっくり目を凝らしながら、出会いのダイナミズム(同じ女の子を好きになった男の子2人、エイジとポルタの微笑ましいやりとりも必見)、この不思議な引力を、ぜひ劇場で体感してもらいたい。

『サカサマのパテマ』
11月9日(土) 全国劇場公開
/http://patema.jp/

■ 上田繭子 (うえだ・まゆこ)
七夕生まれ。ライターとして、『ニュータイプ』『オトナアニメ』『ユリイカ』などでインタビュー、レビュー、評論を執筆。その他、翻訳なども行なっている。『小説屋sari-sari』(角川書店/電子書籍)にて、アニメコラム「星たちの連なる星座ほど」を連載中。パテマを見ていると、グスタフ・ヴァービークのアクロバティックな新聞漫画『さかさま世界』を思い出しました。

fd
《animeanime》

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