新訳『Zガンダム』は新たな名作になる

レビュー 実写

 10月17日(土)に東京ファンタステック映画祭でプレミア上映された『機動戦士Zガンダム-星を継ぐ者-』を観た。正直、もの凄く興奮している。予想以上の出来であった。素晴らしいと賛辞を与えるに相応しい作品だ。全てが想像を上回る完成度であった。ラストシーンのシャアとアムロの再会は感動的ですらあった。

 私は、ファーストガンダムを愛する古いガンダムファンの多くがそうである様にTV版Zガンダムに対して複雑な気持ちがある。本来、続編を想定せずに作られたファーストガンダムに対して、Zガンダムはそもそも存在してはいけない物語である。最初の入り口に偏見が存在する。しかも、この作品のあと直ぐにZZガンダムが製作されたように、その後に続く数多くのガンダムの始まりであり、ある意味でファーストガンダム以上にシリーズの中では重要な作品でもあるのだ。ガンダムファンとしてはアンビバレントにならざるえない。
 そして、正直、TV版Zガンダムは作品としても痛かった、後年の富野監督作品の悪い特徴の物語のとげとげしさやキャラクターや素材の消化不良が本来のテーマを上回っていたからだ。完成度においてファーストガンダムに遥かに及ばない作品、それがこれまでの私の評価だった。

 しかし、上映に先立って挨拶した富野由悠季監督の「長年、嫌ってきたZガンダムだが、こうしてみると悪い作品でなかった」の言葉通りの感想を私も感じた。Zガンダムは決して悪くない、それを今回の劇場版Zガンダムは証明しいている。
 何が、物語をこれほどまでに変えたのだろうか。答えは簡単だ、TV版Zガンダムに較べて、物語が極めてシンプルになり、余計な部分が削ぎ落とされ、より物語の本質が際立ったのだ。今回の劇場版Zガンダムの物語は全てがカミーユと戦争の出会い、そして、ラストに設定されたシャアとアムロの再会まで持って行くための手段として集約されているのだ。
 富野監督の劇場作品が、しばしば、多過ぎるサイドストーリー、キャラクターで混乱しがちなのに対し、今回の映画の中には先のテーマに関わる以外の話はほとんど出て来ない。多くのキャラクターが登場しているにも関わらず、キャラクターの登場に違和感はない。物語をシンプルにまとめあげる中で、TV版の中にあった様々な強引さが消え、全てが合理的に説明されている。既に、この後に続く第2部、第3部が楽しみになってきた。

 自分の愛する作品が改変された時に、人はどう感じるのだろうか。特に、今回の様に、物語の内容がほとんど変わってしまった時にはだ。この劇場版Zガンダムは、編集のための順番の変更や、物語のカットというレベルの話でなく、そもそも物語自体が変わっている。これまでのZガンダムを愛してきたファンは、このZガンダムこそが間違いだと思うかもしれない。私自身は、今回の『星を継ぐ者』こそが、20年の時を経て登場したZガンダムのスターンダートだと感じる。しかし、副題にさりげなく盛り込まれたNew translation(新訳)の文字がこう主張しているようにも見えた。これは、Zガンダムのリメイクでも、正しいZガンダムでもない。可能性として存在しうるもうひとつのZガンダムなのだと。そして、このもうひとつのZガンダムはアニメ史に名作と刻まれるに相応しい新しい作品だと確信出来る。

 唯一、気になった点は、新作作画部分とこれまでの映像の違和感と微妙なずれであろう。制作の際に、CG処理により両者の調和を図ったということだが、やはり20年近くに及ぶ歳月のアニメーション技術の差は覆い難い。そして、最新の技術を持ってしても過去の画像を現在のレベルにまで、引き上げる技術はない。それ以上に、作画監督による個性の違いは年月以上の相違を見せている。
『劇場版機動戦士Zガンダム-星を継ぐ者-』の唯一、最大の失敗は全作新作画像にしなかったことである。
《animeanime》

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