ニコラ・ド・クレシー×松本大洋トークライブ、長年のファン同士が初対面 第2回海外マンガフェスタ | アニメ!アニメ!

ニコラ・ド・クレシー×松本大洋トークライブ、長年のファン同士が初対面 第2回海外マンガフェスタ

10月20日に東京ビッグサイトで自主制作マンガ誌即売会「COMITIA106」内で開催された第2回 海外マンガフェスタは、日本の国際的マンガイベントとして確かな地位を築きつつある、そんな大きな予感を抱かせるイベントだった。

イベント・レポート
左からニコラ・ド・クレシー、松本大洋、アルチュール・ド・パンス、真島ヒロ、ファンホ・ガルニド
  • 左からニコラ・ド・クレシー、松本大洋、アルチュール・ド・パンス、真島ヒロ、ファンホ・ガルニド
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  • ニコラ・ド・クレシー
2013年10月20日(日)に東京ビッグサイトで自主制作マンガ誌即売会「COMITIA106」内で開催された第2回 海外マンガフェスタは、日本の国際的マンガイベントとして確かな地位を築きつつある、そんな大きな予感を抱かせるイベントだった。
3つのトークライブのうち、圧倒的画力で知られ新たな表現を開拓したといわれる巨匠BD(バンドデシネ)作家ニコラ・ド・クレシー氏と、『鉄コン筋クリート』『ピンポン』で知られ、現在月刊IKKIで『Sunny』を連載中の松本大洋氏のトークライブでは、マンガやBDとの出会い、そしてお互いの表現の変遷とその魅力について迫った。

ニコラ・ド・クレシー氏の最初の出会いは日本のアニメだ。フランスでは1980年に日本製アニメが放送されるようになり、90年代に入ると仏語訳されたマンガが爆発的に増加。クレシー氏がマンガやアニメと出会ったのは大人になってからだか、今の若者世代はすべからくマンガ・アニメの洗礼を受けているという。
また、南フランスでアーティスト仲間と暮らしている時に松本大洋氏の『ピンポン』を知り「私が想像していた、いわゆる“マンガ”と違った作風で私たちに近いものがあると感じた」とその存在が印象に残ったようだ。
松本大洋氏とBDとの出会いは20年ほど前で、講談社の『モーニング』の仕事でパリのパリ・ダカール・ラリーの取材に同行した際、合間に寄った本屋で初めてBD作品を目にした。BD作品はまるでレコードのように棚に並べられており、芸術性の高さに驚かされたのが始まりだと話した。これに加え、クレシー氏の20年来のファンでもあり『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』でもBDから受けた影響について触れている。今回のトークライブも2人が初めて対面した記念すべきイベントとして、歴史に残るだろう。

次に、両氏の初期作品から最新作までを振り返った。クレシー氏の初単行本『フォリガット』ではあらゆる技法を駆使した濃密な画は、絵画や映画を受けてのもの。コラージュ、ガッシュ、水彩などあらゆる技術が使われている。
2番目の作品である『天空のビバンドム』も同様にビジュアル的な濃厚さをもつ作品だったが、作品をいくつも出すうちにシンプルな画に変化し、最新作『サルヴァトール』ではペンで描いてから鉛筆でなぞっているという。
どの作品も実験的な表現に挑戦したというクレシー氏は「BD作家としてはやり尽くした。今後は別の形で何かを描きたい」と新たな方向性を示してくれた。

松本大洋氏は『ピンポン』『GOGOモンスター』『ナンバーファイブ 吾』『竹光侍』『Sunny』を順に振り返った。『ピンポン』はクレシー氏が「松本さんはスポーツ選手だと思っていた」というほど躍動感に溢れ、感情的なストーリーが絵に結びついた、いわゆる“日本らしい”マンガだったのに対し『ナンバーファイブ 吾』で松本氏は「BDがやりたかった」と表現をがらりと一変。『竹光侍』では新しい方向性が顕著に現れており、人物よりもその周辺の空気を描こうとした、どこかクラシックな作品に仕上がっているという。

日本のマンガもBDの巨匠もお互いに何かしら影響し合っており、ひもとけばその片鱗を感じ取れる。このトークライブを切り取ってみるだけでも、日本とフランスの大物作家がどのように影響し合ったかを再確認した、10年後に振り返っても歴史的な瞬間といえるのではないだろうか。この海外マンガフェスタが日本にとって非常に貴重な場であり、今後重要な意味をもつ場となることは間違いない。
[川俣綾加]
《animeanime》
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