| [ 0藤津亮太のテレビとアニメの時代 ][ 第8回 アニメブームの始まり ] |
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第8回 アニメブームの始まり、'77年に起きていたこと 前編 藤津亮太 7月5日に都内で『アニメの門 場外乱闘編』と題する小さなトークイベントを行った。これは筆者が数ヶ月に1回のペースで開いているもので、第7回となる今回は「極私的アニメブーム論」というテーマ。ライターの小川びい氏と先輩ライターの某氏との3人で、'80年前後に盛り上がった「第1次アニメブーム」の始まりと終わりについて語り合った。 通常「第一次アニメブーム」というと『ヤマト』→『機動戦士ガンダム』→『超時空要塞マクロス』というラインで語られることが多い。だが、現実は決してこのように単線的に動いていたわけではない。実際には複数の層が重なり合いながら進行していたのである。 【'75年秋放送作品】 全19本 ■日本テレビ ■TBSテレビ ■フジテレビ ■NET
■日本テレビ ■TBS ■フジテレビ ■テレビ朝日 ■東京12チャンネル ※ リスト制作委員会は70年秋の放送本数を30本と記しているが、11月のTV欄でカウントしたところ28本しかみつからなかったので、ここでは調査結果に従っている※ 後編へ続く [筆者の紹介] |
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第8回 アニメブームの始まり、'77年に起きていたこと 後編 藤津亮太 75年と77年の大きな違いはいくつかあるが、本数の増加についてはTBSと東京12チャンネルでの放送本数増加の影響が大きい。ただし二つの局で、放送本数が増えた理由は対照的だ。 TBSは『まんが日本昔ばなし』のヒットを受けて、同傾向の企画をずらりとプライムタイムに並べた(キー局はTBSのもの毎日放送のものと両方ある)。この企画は後の'78年の『まんがはじめて物語』にも通じるところのあるカラーで、TBS・MBS系列独特のものだ。これらは視聴率が高い番組もあったが、番組企画として主流になることはなかった独自路線である。 一つはスーパーカーブーム。'70年代半ばから、イタリア製高級スポーツカーを中心とする、いわゆる「スーパーカー」が小学生たちに大人気となった。それを受けて。'76年に『マシンハヤブサ』(NET)が放送され、'77年には4本のスーパーカーが登場するレーシングアニメが登場した。東京12チャンネルではそのうちの2本『超スーパーカー・ガッタイガー』『とびだせマシーン飛竜』を放送した。 ここでNETの4番組の放送枠の経緯を遡る形で振り返ってみたい。 ■月曜19時枠 ■金曜18時枠 ■土曜18時枠 ■日曜18時枠 このようにNETのメカものアニメは、'75年以降に新たに設けられた放送枠で放送されている。また中でもロボットアニメの3作品は、単に新しい放送枠というだけではない特徴を持っていた。 玩具メーカーが主導であるメリットは、作中に出てくる変型ギミック等が玩具でもかなり忠実に再現できる、ということにあった。 最後にもう一度、週あたりの放送本数の話題に戻っておこう。 前編に戻る "藤津亮太のテレビとアニメの時代 第8回アニメブームの始まり 後編" » |
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