| [ 0藤津亮太のテレビとアニメの時代 ][ 第2回 '60年代の「第0次ブーム」 ] |
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第2回 '70年を語る前に'60年代の「第0次ブーム」について(1) 藤津亮太 今回はまず前回の補足から始めよう。 話題が'60年代まで遡ってしまったので、予定を少し変更して少し古い話題から話を始めることにする。 「マンガ映画つまりアニメーション映画は、テレビ開局当時の米国製作品が最初のものであった。TBSでは55年に『スーパーマン』、57年に『マイティ・マウス』『ヘッケルとジャッケル』、59年には『ポパイ』を登場させるなど、アメリカの人気アニメを放映して人気を集めていた」 '70年に至る前史としては見通しがいい記述だったので長々と引用してしまった。 (2) に続く [筆者の紹介] |
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第2回 '70年を語る前に'60年代の「第0次ブーム」について(2) 藤津亮太 前回、アニメ誌に掲載されたアニメブームの記述がいかにアバウトなものだったかについて触れたが、アニメブームについて考えるのに、まず悩ましいのが、この『鉄腕アトム』から始まるTVアニメ黎明期の熱気の時期をどう捉えればいいのか、ということだ。 今回60年代の情勢を振り返ってきた本連載としては、津堅の定義を念頭に入れつつも、この時期をむしろ「第0次ブーム」として考えることを提案したい。 ◆第0次アニメブーム なお、このブームの終焉は本数が減った'68年春と考えたい。 話が一足飛びに'80年前後まで進んでしまったが、時間を戻そう。'68年に減った放送本数が元の水準に戻るのが'70年春。この時の国産の30分枠アニメの放送本数は12本だ。 ■日本テレビ 『赤き血のイレブン』『タイガーマスク』『巨人の星』 また日本テレビでは『やったぜハックの大冒険』を、NETテレビでは『チキチキマシン猛レース』をそれぞれ30分枠として19時台に放送している。 (1) に戻る 第1回 最初に倒れたドミノの1枚へ |
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