| [ 0斉藤守彦の特殊映像ラボラトリー ][ ゴジラVSシリーズの栄光 ] |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦 【「−VSモスラ」から「−VSメカゴジラ」へ。】 1993年正月。「ゴジラVSモスラ」は大ヒットとなり、「日本沈没」の持っていた東宝正月映画配収(20億円)を破る22.2億円を記録した。 【この戦いで、すべてが終わる。】 その「ゴジラVSメカゴジラ」は、「−VSモスラ」同様、大河原孝夫監督と川北紘一特技監督のコンビにより、93年4月20日より特撮班がクランクイン、引き続き5月より本編班が撮影を開始することとなった。「−VSキングギドラ」「−VSモスラ」の大ヒットによって、東宝はこの時点でゴジラVSシリーズを完全にファミリー番組と認識し、子供達を主眼においた宣伝展開を心がけた。だが60年代末から70年代にかけてのゴジラ映画、いわゆる「東宝チャンピオンまつり」時代に作成されたポスターとは違い、宣伝材料においてはむしろ大作感が前面に打ち出された。チャンピオンまつり時代に散見された、いかにも子供向きな(惹句の類にルビがふられている。あるいはすべてひらがなで、さも子供に話しかけるように「今度のゴジラは●●●だよ!」などと書かれている)デザインのものとは一線を画し、VSシリーズにおいては初期のティーザー・ポスターが生頼範義画伯によるイメージ・イラストで、これが映画完成から公開に向けてはスチル写真をコラージュした本ポスターへと変わっていったが、いずれの場合も前述したように大作感が打ち出されていた。 【世紀末覇王誕生】 【「三枝くん、やるんだ!」】 さて初日を迎えた「ゴジラVSメカゴジラ」は、どのような成績を上げたのか。当時筆者が書いた記事は、例によって東宝の発行するプレスリリースに基づいているが、それによると「全国主要25館での初日・2日目成績は、配収22.2億円をあげた『ゴジラVSモスラ』対比で人員108%、興収108%と大盛況。 1=梅田劇場(1万1420名、1603万1000円) 確かにオープニングの段階では「ゴジラVSモスラ」を上回ってはいたものの、女性客が多かった「−VSモスラ」に対して、男性客主体の興行を想定した「−VSメカゴジラ」の場合、その持続性に難がある。映画興行の常識として、女性客が多いほうがロングラン興行は有利となり(女性のほうが男性よりもクチコミが効くからだ、ということらしい)、例えオープニングで大きな成績を上げようとも、正月以降の興行では客足が大きくダウンする可能性もある。「−VSモスラ」のように、邦画系での上映を終了しても洋画系の劇場で続映(ムーブオーバー)され、長期に渡って多くの観客を集めるケースを、興行の世界では「腰が強い」というフレーズで言い表している。 (2) 媒体価値50億余円の、大型タイアップ。 [筆者の紹介] |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦 【破壊神降臨。】 予定より遅れることが決定的になったハリウッド・ゴジラのため、東宝は「−VSメカゴジラ」以降もシリーズの続投を決定。しかしキングギドラ、モスラ、メカゴジラ、ラドンなどの人気怪獣たちはすべてこれまでのVSシリーズに登場させてしまったため、新たな対戦相手を設定する必要に迫られた。そこで生み出されたのが、スペースゴジラである。 「ゴジラVSスペースゴジラ」の製作発表は1994年7月7日に東宝スタジオで開催されたが、なんとその翌日、8日午後6時半から東宝本社にてハリウッド・ゴジラの監督が、「−VSスペースゴジラ」と同時期に公開される「スピード」のヤン・デ・ボンに決定したとの記者会見が行われた。 公開を前にした「ゴジラVSスペースゴジラ」の宣伝展開は、例年通りタイアップ、プロモーション、パブリシティの3本柱を中心に、大々的に展開された。 パブリシティ展開では、前作に続いて小学館連合との連動企画で、全国1万人試写会を11都市11会場で一斉に開催。また主題歌「エコーズ・オブ・ラヴ」CDのPOPボードに割引券を入れ、全国200店舗のレコード店で5万枚配布するといった試みも実施された。 例年と異なり、新怪獣スペースゴジラの認知度を上げる必要があったために、これほど大規模な宣伝展開が行われたのだろう。「ゴジラVSスペースゴジラ」には、スペースゴジラ以外にもモゲラ、リトルゴジラ、フェアリーモスラといった怪獣キャラクターが登場するが、正直リトルゴジラの外観には、当時戸惑いを覚えてしまった。ゴジラVSシリーズについて、東宝はファミリー番組と捉えており、その興行の成功には何よりもファミリー、特に子供たちの動員が必須だと考えていることは、これまでにも述べた。 ファンとしては、ミニラこそ悪役のプライドを失い、ゴジラが教育パパ(ママ?)へと堕落した時代の、負の象徴。諸悪の根源(そこまで言うか)。ところが、ゴジラ映画を永年売り続けてきた立場になると、子供に向かってミニラのキャラクターをメディアに露出。「成功させた」とは雑誌などでミニラを取りあげた記事が多数掲載されたことを指すのだろう。このあたりは送り手と受け手、ファンと宣伝マンの認識の違いだろうとは思うが、そのあまりな認識の違いの激しさに、しばし呆然としたことを覚えている。 【「ゴジラを操ろうだなんて、人間の思い上がりです」】 さて初日を迎えた「ゴジラVSスペースゴジラ」だが、これまた当時筆者の書いた記事を読むと、オープニング2日間の興行成績は、「全国主要26館で、前作『ゴジラVSメカゴジラ』対比(配収19億円)対比人員103%、興収106%」で、「観客層は小学生と父親というファミリー層を中心に、ゴジラ・ファンはもちろんのこと若いカップル、中高年(家族三代)も目立つ幅広いもの。男女比は8VS2」となっている。初日・2日目における興収上位3館は次の通り。さすがに映画の舞台となった“怪獣銀座”福岡が強い。 1=梅田劇場(1万2672名、1788万7000円) 例によってオープニング時の発表では「配収20億円を十二分に望める絶好調な興行」と、景気の良いフレーズがプレスリリースに踊るが、実際には配収16.5億円と、「−VSメカゴジラ」から2億円以上ダウンしたのは、シリーズとしての宿命なのかもしれない。 (3) 「ゴジラ死す?」 |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦 【「ゴジラ死す?」】 そういえばゴジラって、死んでなかったんだなあ・・・少なくとも、はっきりと死ぬ描写があったのは、昭和29年版の「ゴジラ」だけだ。当時の筆者は「ゴジラ死す?」とのコピーを目撃しても、さしたる感慨はなかった。どうやらハリウッド・ゴジラ公開(当初は1996年夏と予定されていた)に際して、東宝は一旦シリーズを終了させるらしい。 「ゴジラVSデストロイア」には、大河原孝夫監督、川北紘一特技監督、脚本に大森一樹と、シリーズ最高のヒットとなった「ゴジラVSモスラ」のメインスタッフが再度結集したが、宣伝面においても「−VSモスラ」のヒットに貢献した宣伝プロデューサーが手がけるという、まさにこの映画のヒットは、東宝グループをあげて挑む一大ミッションだ。当時を回想して思い出すのは、公開に向けてのカウントダウンで期待感を煽っておきながら、肝心の本編を見せないという宣伝戦略をとったことである。当時「−VSデストロイア」の宣伝プロデューサーは、「一度やってみたかったんですよ、見せない宣伝!!」と豪語。恒例であった東京国際映画祭でのお披露目もなし。通常のマスコミ試写も開催せず、公開前の試写会はタイアップ試写会1回のみという“隠して売る”方法が用いられた。 【「ゴジラVSデストロイア」の宣伝展開】 作品内容ではなく話題性を売ることを中心に据えた「ゴジラVSデストロイア」の宣伝展開は、1995年11月1日に開通した東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」とのタイアップからスタートした。この「ゆりかもめ」開通のテープカットをゴジラが行い、13のテレビ番組でこの様子が放映され、またこれ以降「−VSデストロイア」は東京都港湾局が推進する副都心活性化プロジェクトと連動。12月23日から「超ゴジラ伝説in有明スタジアム」を開催(主催東宝・TBS、共催東京都)。さらには11月3日の「ゴジラの日」には42回目の誕生日を祝い全国24箇所でイベントを開催、銀座ヤマハホールで昭和29年版「ゴジラ」を上映した。 前述通り、試写会は12月3日の「『ゴジラVSデストロイア』ファイナル試写会」のみで、都内は日劇東宝、渋谷宝塚、上野東宝(小学館連合試写会)の3会場で開催。他の都市は各地区のTV局とのタイアップ試写会で、この日の試写だけで全国51会場1万名が鑑賞した。なおこの日は正午より、日比谷シャンテねむの広場に設置される「ゴジラの銅像」の除幕式が行われた(現在でもこの銅像は盗難に遭うこともなく健在)。 1995年12月9日、いよいよ公開された「ゴジラVSデストロイア」は、期待通りのスタートを切った。オープニングの勢いは、当時筆者が書いた記事によると「配収22.2億円をあげた東宝正月映画の新記録『ゴジラVSモスラ』を上回り、復活ゴジラ・シリーズ最高、そして正月作品として公開された日本映画としては最高(従来は東映『里見八犬伝』の23.2億円)の記録を超える可能性が大きく、東宝では『30億円に迫る驚異的な勢い、堂々たるスタート』とのコメントを発表した」とある。確かにそう表現してもおかしくはない、圧倒的なスタートであった。初日、2日目の興収上位ベスト3劇場は次の通り。 1=梅田劇場(1万5450名、2152万5400円) また「ゴジラVSデストロイア」は、6都市8館において、元日から5日までの5日間で、計6万7519名、興収8782万2950円をあげ、前作「ゴジラVSスペースゴジラ」対比人員122.6%、興収125.2%と2割以上のアップを果たした。最終的には配給収入20億円と、「日本沈没」とイーヴン、残念ながら「ゴジラVSモスラ」の22.2億円を上回ることも「里見八犬伝」の23.2億円を超えて、日本映画正月作品トップとなることは出来なかった。 (2) 媒体価値50億余円の、大型タイアップ。 |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦 【最初に復活「ゴジラ」ありき。】 田中友幸プロデューサーたちが、その復活までに心血を注いだ「ゴジラ」は1983年12月15日より、全国東宝系にて一斉公開された。この年の正月は、アメリカ映画「グレムリン」「ゴーストバスターズ」、そしてこの「ゴジラ」と、3本の“G”作品が同時期に公開されることとなり、マスコミはこれを「3G対決」と名付け、大いに期待感を煽ったものだった。 なお本文中「興行収入」「配給収入」と、映画の収入を表す2つの単位が登場するが、前者は映画館のボックスオフィスに集積される、つまり入場料金のトータル額であり、後者はそのうち配給会社の取り分を意味する。 その復活「ゴジラ」のヒットから、実に5年の歳月が流れていた。 「ゴジラVSビオランテ」は1989年12月16日から、全国216館にて公開された。90年代最初の正月興行は「ゴジラVSビオランテ」以外に、ティム・バートン監督の「バットマン」、前作が「ゴジラ」と同時期に公開された「ゴーストバスターズ2」、そしてスピルバーグ製作によるヒット・シリーズ第2弾「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」と、外国映画勢に注目作がズラリそろった。中でもサマーシーズンに公開され、アメリカでは記録的な大ヒットになっていた「バットマン」が本命視されていたが、フタを開ければ「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」が配収55億3000万円と「バットマン」の19億800万円、「ゴーストバスターズ2」の17億5000万円を大きく上回り、興行関係者に少なからぬショックを与えた。 公開スタート時、筆者が書いた記事によると「ゴジラVSビオランテ」のスタートは「配収15億円も射程距離内」との見出しで、「土曜、日曜の成績は、前作『ゴジラ』(配収17億円)対比人員78%、興収79%と13億円台は確実のヒットとなった」とあり、客層は「60%以上が親子連れと、前作よりもファミリー向けになっており、男女比は7対3。観客の満足度も92%と高く、これから始まる冬休み、正月にかけてファミリー層の集中力はより高まると考えられるところから、配収15億円も射程距離に入ったと言えるだろう」と結んでいる。 1=梅田劇場 (9775名、1305万7550円) 【「ゴジラVSビオランテ」の宣伝展開】 ゴジラ復活に至る経緯が、そのまま話題性に繋がり、抜群のパブリシティ効果をあげた「ゴジラ」だが、それから5年という歳月が流れていることから、さすがに同じ手は使えず。 しかし広告や宣伝材料には、ゴジラとビオランテの対決の様子をシャープに捉えたカットに「超ゴジラ。」という一発コピーが大作感を与え、前作同様、大人向けのイメージを強く打ち出している。前述したように、オープニング時の客層がファミリー中心となったことは、ある種の見込み違いが起こったわけだが、これは次回作での課題であろう。 タイアップは三菱電機、ソニー、アイエムエス、ファーストキッチン、新キャタピラ三菱の5社と、その後の新作での展開に比べれば、慎ましやかとさえ言える。TVプロモーションとしては、日本テレビ、読売テレビなど10局で「ゴジラ」(昭和25年版)「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」など旧作を30回に渡ってオンエア。こういうことが出来るのが、長い歴史を持つシリーズ作品の強みだ。 (2)「ゴジラVSキングギドラ」の戦略 [筆者の紹介] |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦
企画期間こそ長かったものの、いかにも唐突に登場した感がぬぐえない「ゴジラVSビオランテ」は配収10億4000万円と、その年の日本映画では8番目のヒットとなったが、翌年の東宝の正月番組は「山田ババアに花束を」「スキ!」の2本立て。「−ビオランテ」公開中にゴジラ・シリーズが続行されるとのアナウンスはなされなかった。 【シリーズ宣伝の基盤を作った 作品の完成が早いということは、公開までじっくりと試写会を重ねて作品内容の浸透を図れる良さがある。その一方で、当時東宝宣伝部に所属していたベテラン宣伝マンから、こんな話を聞いたことがある。「特撮映画を宣伝するのに一番苦労するのが、スチル写真の問題なんですよ」と。 宣伝部による「ゴジラVSキングギドラ」のプロモーション及びパブリシティ展開は、東宝スタジオからゴジラの縫いぐるみが盗まれた事件が「ゴジラ失踪事件」と大々的に報道された、その事実が改めてゴジラの知名度と注目度の高さを証明する結果となった。 一方新作公開前のお祭り気分を盛り上げるための旧作上映は関東14館、関西12館、九州8館、中部12館、北海道3館の計50館で「ゴジラ」(昭和29年版)などシリーズ作品が、レイトまたはモーニング上映され、TVでも復活「ゴジラ」「ゴジラVSビオランテ」など旧作が、TBSをはじめ全国18局で50回オンエアされ、そのすべてに「ゴジラVSキングギドラ」の公開告知がつけられた。 1=梅田劇場 (1万3148名、1697万9000円) ファンの間で大きな話題を呼んだのが、映画終了後につけられた次回作「ゴジラVSモスラ」の公開決定を告知するフィルムで、これは「−VSキングギドラ」の前売りが良好なところから、早期にシリーズ続行を決定。この特報は初日数日前に、徹夜作業で作られたものだという。 (3)日本映画年間トップの配収記録樹立!! |
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斉藤守彦の「特殊映像ラボラトリー」 斉藤 守彦 【「極彩色の大決戦!」】 「日本沈没」、そして復活「ゴジラ」の配収こそ上回ることは出来なかったが、「ゴジラVSキングギドラ」のヒットは、大いに東宝社内を活気づかせ、早々と次回作「ゴジラVSモスラ」の製作が決定する。ご存じのようにこれは、製作の田中友幸が以前企画した「モスラVSバガン」をベースにしたものである。 5月から撮影を開始し、9月に完成。東京国際映画祭で大々的なお披露目を行うこと。そして従来午前中のみの登校であった公立学校が、1992年9月より毎月第2土曜日のみ完全休日になることを反映して、ゴジラ映画の新作初日は以後12月の第2土曜日と定められた。 「ゴジラ映画史上最大の宣伝展開を行い、配収目標である20億円を達成したい」という当時の宣伝部長の野望は、日々確信に変わっていった。公開を約4週間後に控えた「ゴジラVSモスラ」は、その話題性と女性にも人気のあるモスラの起用故か、前売り券の売れ行きが絶好調。 公開を前に行われた宣伝展開は、まずテレビ東京系にて、ミニ番組「冒険!ゴジランド」をオンエア。7月30日の「モスラの日」に続いて11月3日にはゴジラ38回目のバースデーを祝うイベントを渋谷にて実施。このイベントの目玉は、直径80センチメートルの巨大ケーキをゴジラがカットし、なおかつコスモス(今村恵子、大沢さやか)が「モスラの歌」を披露するというもの。さらに大河原監督や出演者らによる、全国14都市でのキャンペーン(コスモスは、全国50箇所以上を回ったという)、小学館と連動した11大都市14会場での、1万人を対象とした試写会などを、イベントとそれに連動したパブリシティを積極的に仕掛けていった。 東宝邦画系での上映作品は、都内銀座地区においては、座席数約700席の日劇東宝(現・TOHOシネマズ日劇2)で公開されるのがルールだが、「ゴジラVSモスラ」の場合、事前の前売りの様子からも、初日は多数の観客が詰めかけることが予測され、同じ有楽町マリオンの日本劇場(座席数約1000席/現・TOHOシネマズ日劇1)が使用された。それでも場内の大変な混雑ぶりは、未だ筆者の脳裏に焼き付いているほどだ。 ちょっと意地の悪いデータ比較をしてみよう。2004年12月4日から公開された、ゴジラ映画最終作「ゴジラ/ファイナル・ウォーズ」は、全国290スクリーンにおいて、オープニング2日間で15万8782名、1億9238万5960円をあげるスタートであった。 VSシリーズの初日は、日劇または日劇東宝での舞台挨拶取材(といっても、業界紙記者たちは、見ているだけだが)に続いて、日比谷の中華料理店・東天紅での打ち上げと決まっていた。我々取材者もその打ち上げに招待されるのだが、「ゴジラVSモスラ」のような大ヒット作の時には、全国から次々に入ってくる興行成績や景況が発表され、会場は拍手喝采、大いに沸いた。 1=梅田劇場 (1万4837名、2140万4000円) こうして「ゴジラVSモスラ」は配給収入22.2億円を上げ、「日本沈没」が持っていた東宝の正月映画配収記録を破り、また歴代ゴジラ・シリーズ最高の配給収入をもあげることとなった。またこの配収は、1993年に公開された日本映画(92年12月に公開された作品は、興行終了時点である93年作品としてカウントされる)中、角川春樹監督の「REX恐竜物語」の22億円をわずかに上回りトップを記録した。 (1)最初に復活「ゴジラ」ありき。 (後編(11月25日アップ予定)に続く!!) "特殊映像ラボラトリー 第13回 ゴジラVSシリーズの栄光(前編)-3-" » |
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