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2008.04.07
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【世界中から関係者が集まるイベント】
 今年で7回目を迎えた東京国際アニメフェア(TAF)2008は、過去最高の来場者数と出展企業という大きな成功を収めつつ終了した。
 規模的な拡大もあるが、TAFの過去7年間の成功は、むしろ産業としてのアニメの確立とメディアを通じてそれを広く告知したことにある。さらに海外からビジネス関係者を集め、国際的なビジネスの場を築いたことだ。

 今年の大きな特徴は、TAF開催期間中にアニメ作品のバイヤーだけでなく、アニメに関係する様々なビジネス関係者が東京に集まっていた点である。
 個人的に関心を持っている海外のアニメーション関連のイベンの領域で言えば、北米の2大イベントアニメエキスポ、オタコン、それにニューヨークアニメフェスティバルやアヌシー国際映画祭、韓国のSICAFがTAFの見本市会場に企業出展をしていた。また中国の国際動漫節やフランスのジャパンエキスポのスタッフの姿も会場では見られた。

 報道関連にも、同じことが言える。海外のアニメ関連情報をチェックすると、今年はTAFを報道する海外メディアが例年にも増して目立っていた。
 一般の新聞やエンタテイメント系のメディアが軒並み紹介記事や、参加者過去最高といったニュースを取り上げていた。今年のTAFは、海外メディアの取材が昨年よりさらに増えたはずである。
 彼らがTAFに参加するのは、TAFがアニメビジネスの関係者が広く集まる場所との情報が浸透してきたためである。そして、そうした彼らの参加自体が、TAFの業界集積度を高め、ビジネス機能をさらに強化することになる。

【国際的なイベントに対する期待】
 ビジネスの核心である海外からの引き合いがどうだったのだろうか。これはビジネスの当時者でないとなかなか分かりにくい。それでも、TAFの見本市会場では、海外のアニメディトリビュターの担当者の顔は相変わらず見られた。
 また、クリエイターズワールドの参加者に持ちかけられるビジネス案件も具体的なものが多かったとされるから、それほど悪いものでなかったと思われる。コンテンツ関連のビジネスイベントが、しばしば一般向けのプロモーションの場となるなかで、TAFがビジネスの場としても機能していることが感じられる。

 正直、日本のエンタテイメント分野のビジネスショーの多くは、世界的にみるとほとんどがマイナーな存在である。唯一の例外が、毎年世界的な関心を集める東京ゲームショウである。
 今年のTAFを見ると、あらためて「アニメ」が、世界のエンタンテインメント市場で勝負出来る数少ない日本のコンテンツであると感じる。そして、TAFが東京ゲームショウに続く、国際的なイベントになれる可能性に期待したくなる。

【アニメフェアの成功=楽観ではない】
 こうしたポジティブな話ばかりを述べると、内情は違うとする意見を持つ人も多いだろう。華やかなTAFの数字の一方で、2006年ぐらいより、アニメビジネスは国内・国外とかなり厳しい局面を迎えている。
 特に、海外のDVDビジネスは壊滅的な状況とさえ言われている。また、ビジネスデーの展示場だけみると、さほど活気があるように見えないという意見も多い。

 それらは全て現実であるし、否定するつもりはない。ただ、内部の視点からやや離れ、外側からTAFを見ると、他のコンテンツ関連産業に比べると海外向けのビジネスの場としてよりうまく機能している。一般的なTAFの過去7年間の評価は、成功と言っていいはずだ。
 むしろ、TAFが現在抱える問題は、こうしたTAFの成功に対する期待、外部からの視点と内部にある現実とのギャップにある。そして、TAFが成功すればするほど、内部と外部のギャップが益々拡大していくことである。

【誰が見本市を支えるのか?】
 アニメの業界は、制作、テレビ放映、DVD販売、劇場興行を合わせた映像作品のビジネスだけを考えれば、2500億円規模の市場である。アニメ制作だけを取り上げると、さらにその半分程度である。
 一方で、アニメと並べられることの多いゲーム市場はハードとソフトで国内だけでおよそ7000億円近く、それに海外市場からの売り上げが加わる。マンガ出版も5000億円市場である。エンタテインメントコンテンツ業界のなかでアニメは、一際小さな存在なのだ。

 しかし、一般からはそうした産業規模の違いは分かり難い。その結果、世間から期待されるTAFの在り方と、実際に実行委員会が対応できる範囲に齟齬が生まれている。
 例えば今回のアニメフェアのパブリックデーの一日あたりの人出は、既に東京ゲームショウに迫る勢いになった。会場の混雑ぶりは例年にも増してすごく、来年はこれに対応したスペースの拡大を求める声がある。しかし、現状でTAF事務局が発表する来年の会場は今年と同じ東京ビッグサイトの3ホール使用である。
 大規模なコンベンション会場は開催の予約はかなり前から行わるため、既に他のスペースが埋まっていることも理由にあるだろう。しかし、仮に会場を拡大しても、会場の使用料や増加するスタッフの人件費を誰がまかなうのかといった問題もあるだろう。

 現在でも、今後段階的に減っていく東京都からの運営のための助成金分をどのように賄っていくかは実行委員会の課題となっているはずだ。
 宣伝が主体でそれ自体が収益を生み出さないブース出展やステージイベントに、各企業が割くことの出来る資金は限られている。参加企業にいま以上の負担を求めるのは難しいだろう。

 これ以外にも海外の企業が期待する英語対応やビジネスサポートサービスなども、不十分との指摘がある。それも現在のアニメ業界で支えられる規模と、実際の対応できる範囲とギャップになっている。
 もしこうしたギャップを解決する方法があるとすれば、アニメ業界の外から資金を導入することである。アニメフェアの参加企業にアニメだけでない、キャラクタービジネス、マンガ出版、ゲームといった周辺企業を巻き込んでいくことである。しかし、現段階ではアニメフェアはそこまで進んでいない。

【規模の拡大と中小企業サポート】
 また、より多くの大企業の参加を促すことは、TAFの本来の目的のひとつである中小の権利保有者のビジネス振興の理念と対立する可能性がある。つまり、中小企業の多いアニメ産業のサポートがTAFの大きな目的のひとつだからだ。
 ここ数年、制作でなく製作を行なう企業の大きなブースや大規模なイベントの前に、TAFの会場で中小企業のブースは霞みがちとする意見も多い。さらに多くの大企業が参加すれば、そうした企業の存在感は益々薄れてしまうだろう。
 TAFは巨大化することで得たものが多い。しかし、その一方で失うものもあり、巨大化するがゆえに発生する問題もまた大きい。
[数土直志]

東京国際アニメフェア公式サイト http://www.tokyoanime.jp/ja/

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2008.01.10
批評 ]
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【穏やかだった2007年】
 2007年は、アニメビジネス界隈にとっては、比較的穏やかな年だった。過去数年に起きたアニメ関連企業のIPO(株式公開)やM&Aもほとんどなかった。
 また、劇場映画ではジブリ映画や巨匠の大作はなく話題は少なかった。一方で、シリーズ作品を中心に興収は悪くなかったので、まずまずという凪の状態だ。
 テレビ放映は相変わらず、ゴールデンタイムからの退潮が続いている。しかし、それは急に始まったことでなく、そうした傾向を前提としたビジネスが進められている。
 
 おそらく最大のトピックスは、DVD市場である。市場全体の規模は安定していたが、個別のタイトルで、不採算作品が急増した。また、動画共有サイトの急成長と著作権者未承諾のアニメ動画の投稿急増も、もともと著作権に敏感なアニメ製作の関係者の警戒心を増大させている。
 それでもこの状況は、アニメDVD市場が崩壊しつつある海外に較べれば、まだ危機感は少ない。

 米国では、マニア向けの作品で人気の高かったジェネオンエンタテインメントUSAが市場から撤退するとの発表で激震が走ったし、シンガポールでは大手のアニメDVD会社が違法なアニメファイルのダウンローダーに訴訟する構えをみせたことが大きな事件となった。
 しかし日本では、違法配信に対する危機感は海外ほど高くない。アニメDVDの売上高が減少する気配がないからだ。つまり、市場はあるのだから、制作本数を減らせば利益を回収出来るようになるとの読みがある。勿論、制作本数を減らせるかが問題なのだが、これはネットの動向とは無関係である。

【アニメDVDビジネスは限界を迎えている】
 しかし、現在の海外で起きているDVDの問題は、いまに始まったのでなく、おそらくインターネットが高速化し、ファンサブと呼ばれる違法ファイルの交換が爆発的に増加した2000年過ぎ頃から既に始まっていた。つまり、過去5年間以上かかり辿り着いた結果が、今の海外のアニメDVD市場である。
 日本のユーザーはネットに関する警戒心が高く、ファイル交換があまり普及しなかったことから、これまでこうした流れと距離があった。しかし、2007年の動画共有サイト急成長が、現在の日本アニメファンを海外のアニメファンが2000年頃に立っていた場所に連れてきている。

 海外の違法配信は、最初はただで観られる、正規版より早く観られるといった誘惑で、アニメファンを引き込んだ。これが本来DVDで観るはずだったファン層を奪っている部分は勿論ある。
 しかし、もっと本質的な問題は、多くのアニメファンにアニメはパソコンで観るものという習慣を持たせてしまったことである。

 かつては、こうした違法配信は試しであり、本当に気に入った作品は、きちんとDVDを買うとされていた。
 しかし、今のアニメファンはインターネットの映像に満足している。ネットがスタンダードだから、DVDを買ってより高画質の映像をテレビで観るという発想がない。これが現在の海外のアニメ市場で起こっていることだ。

 だから、日本でもこのまま若い視聴者がPCでの映像になれてしまったら、今後DVDを買う消費者にならないかもしれない。
 いま北米やアジアの各国で起きているアニメの映像パッケージビジネスの崩壊は、近い将来に日本でも起きる可能性は小さくない。

 しかし、確かなのは、現在作られているほとんどのアニメがDVDパッケージで支えられるビジネスモデルが限界に近づいていることだ。
 テレビやネットで数十万人、時には数百万人が無料で観る作品の製作費をわずか数千人、数万人のDVD購入者に依存することは冷静に考えるとかなり歪んだビジネスである。こうしたビジネスモデルは、現在の違法配信の問題がなくても、いずれは壁に突き当たる可能性を持っていた。

【オンラインビジネスの成長と現実】
 そうであればアニメビジネスの主戦場をインターネットに置き換えるのはどうだろうか。消費者がインターネットで時間や金銭を消費するならば、自らがネットのビジネスに乗り込み事業展開することは合理的な考え方である。また、DVD依存のビジネスモデルと異なり、広く浅く収益を得ることが出来る。
 実際に、バンダイチャンネルや東映アニメーションなどインターネットのアニメ番組配信大手企業のビジネスは好調にみえる。また、角川グループホールディングスやGDHのように、ネットやモバイルの世界に可能性を見出し、積極的なビジネスを展開する企業もある。
 アニメDVDの市場崩壊に苦しむ海外のアニメ流通企業も、同様にネットの世界に未来を見ている。

 しかし、オンラインビジネスが成長する一方で、既にオンライン配信ビジネスの限界も見えてきている。バンダイチャンネルは2006年に1600万話の有料配信をし売上を大きく伸ばした。2007年はさらに伸ばしただろう。しかし、この実績は500作品以上、7000話以上のラインナップを誇るバンダイチャンネルだから可能なのだ。
 1600万話からの売上高は、20億円を超えない。10億円以下かもしれない。500作品を販売して得られる売上高は、1年にテレビアニメシリーズが数作品を制作出来る金額に過ぎない。
 つまり、オンライン配信は、バンダイチャンネルや東映アニメのように、巨大なライブラリーを持つ企業が、これまでのビジネスの成果物に対する追加的な収益としてしか行えないビジネスである。
 PC向けにしろ、モバイル向けにしろネット配信からの収益は、全体の製作費回収モデルの中で+αになることはあっても、それだけでアニメを製作するのはとても不可能である。

2008年のアニメ産業の行方 DVDビジネスの限界と多チャンネル化2
http://animeanime.jp/review/archives/2008/01/2008_dvd2.html

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【アニメ放映のビジネスは激変する】
 ここで話は変わる。放送局の多極化である。2011年の地上波のデジタル完全移行で、放送ビジネスの景色は劇的に変わるといわれている。つまり、12個のチャンネルという限られた枠の特権を持っていた地上波局が、その他の多くのケーブル放送局、衛星放送局と等価になる。
 しかし、その変化は2011年に突然始まるのでなく、2011年に向けて少しずつ変わって行く。2011年は出発点でなく、終着点である。だから地上波局の特権は、今後数年にわたり徐々に奪われていく。昨年、無料の全国放送としてBS11が誕生したこともそうした流れのひとつだ。また、BS11が大型アニメ放映枠を開始したこともこの流れに連動している。

 BS11のアニメ重視の戦略が成功するかどうかは今の時点ではわからない。しかし、注目すべきは、BS11がアニメを放送事業の核に据えた理由である。
 つまり、地上波並の高視聴率を狙うのでなければ、アニメは視聴者を増やす確実で安定したコンテンツという判断だ。

【地デジ時代に求められる視聴率は?】
 地上波テレビで5%、10%、20%の視聴率を求められる時に、テレビアニメは放送ビジネス向きのコンテンツでない。しかし、チャンネルが多極化して、各番組に対する視聴率の期待値が大幅に下がるなら、1%、2%の視聴率を稼げるアニメ番組は一転して魅力的なコンテンツに変わる。
 実際に、既に多チャンネル化しているケーブルチャンネルの世界では、アニマックスやキッズステーションが、視聴契約世帯数や視聴者数でトップクラスの放送局となり安定したビジネスとなっている。

 そうすれば新興の放送局のなかに、それなりの放映権料を払ってでも新作アニメを確保したいケースも出てくるかもしれない。今まで地上波局というブランドを誇りアニメの放映に波代を求めてきた地上波局も、全ての局が等価の世界では、これに対抗する必要が生じる。
 つまり、今までテレビ放送では利益が出ないとの考えが一変して、放送権料というかたちでアニメ番組が広く浅く収益を回収することになる。

 アニメの製作側にとって少し都合のよい未来図だが、2011年に向かって起こりうる幾つかの可能性のひとつである。
 一方で、現在の地上波局がニッチ市場を完全に切り捨てて、より大衆向けな番組で更なる過酷な視聴率競争に走る可能性もある。そうなれば地上波局の番組は、ニュース、スポーツ、バラエティで埋め尽くされアニメ番組の入る余地がなくなる。アニメは益々ニッチに細分化することになる。
 いずれにしても、こうした全く異なる可能性が広がるほど、現在のアニメビジネスの状況は流動的になっている。2007年の穏やかさは嵐の前の静けさだったのでないだろか。2008年は、激動に向かう最初の年かもしれない。

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2007.05.17
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STUDIO4℃の魅力とは?
 『Genius Party<ジーニアス・パーティ>』はSTUDIO4℃の作品である。昨年の劇場作品『鉄コン筋クリート』がおそらく最も世に知られるSTUDIO 4℃の作品となったが、過去の作品はどれも玄人好みの、カッティングエッジな作品である。その特徴は同社の作品にオムニバス作品が多いことからも窺える。

 スタジオの最初の作品『MEMORIES』から大ヒット作『アニマトリックス』、2006年にはavexのミュージシャンとのコラボレーション作品『Amazing Nuts!』などがある。
 また、ミュージックビデオも多く、ケン・イシイの『EXTRA』やGLAYの『サバイバル』などが知られている。

 オムニバス作品はシリーズ作品に比べ、小規模であるが作家の個性を出しやすい。このような「多品種・少量生産」的な制作方法は、他のスタジオではあまり見られない。
 アニメーターや監督には、原作つきのストーリーや固定されたキャラクターの中で、作品を作っていくことに意欲を見せる人もいる。
 また、プリプロダクションの手間を考えると、たとえ10分の作品でも2本作ることになると、30分番組1本分の作業量を上回る。効率性の差はシリーズが数を重ねるに連れてさらに大きくなっていく。
 
 だが、STUDIO4℃はそういった事情を踏まえても、作家性を出すことを特に意識した作品を目指す特別な存在である。

Genius Party<ジーニアス・パーティ>の目指すもの
 『Genius Party<ジーニアス・パーティ>』は14人and moreのクリエイターの作品が、第一弾では7作品、第二弾では7作品and moreとふたつの劇場作品として発表される。STUDIO4℃の個性が非常に光る企画である。
 田中栄子プロデューサーは「もともとSTUDIO 4℃は、自分たちの作りたいアニメを作ろうとしてできたスタジオで、ようやくここまで辿り着いた」と語る。

 『Genius Party<ジーニアス・パーティ>』は、まさにパーティーのジュークボックスのようにそれぞれ雑多な性格を持った作品群である。STUDIO4℃への最大公約数的なイメージから、今まで見たことがないような現代劇、観念的な色合いの作品まで、観る人たちの予想を超える。

GENIUS PARTY  by 福島敦子
 オープニングを飾る福島敦子監督の『GENIUS PARTY』は近作の延長上にある世界観をもった作品である。このプロジェクトの始まりを新たな生命の始まりと重ね合わせるイマジネーションや、過度ともいえるアナログ風味な画面作りは彼女ならではの作品である。

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      ©Genius Party

上海大竜 by 河森正治
 『上海大竜』は、過去の河森監督のイメージからは大きく離れた、エンタテイメント作品である。変身ヒーローに憧れる幼稚園児が「想念実体化システム」スティックを手に入れたらどうなるか? 子どもらしい欲望と地球を狙う怪獣に翻弄される宇宙パトロール隊が笑いと涙をそそるSFアクションである。
 もちろんアニメならではの表現で見せるアクションシーンも満載だが、STUDIO4℃だと意識してみると、むしろ例外的にも思えてくるのが不思議だ。

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      ©Genius Party

デスティック・フォー by 木村真二
 『デスティック・フォー』を監督するのは、美術スタッフとして『スペースコブラ』や『ビューティフルドリーマー』、美術監督として『スチームボーイ』、そして『鉄コン筋クリート』を手がけた木村真二監督である。
 美術スタッフ出身の監督というのはあまり例が多くないが、木村監督作品のビジュアルはそうと知らなくても、美術志向を刺激する。ストーリー自体はスラップスティックなのではあるが、ちょっとおどろおどろしいキャラクターは「キモグロかわいい」という表現のとおり、物語の別の見え方を示す。
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      ©Genius Party

ドアチャイム by 福山庸治
 『ドアチャイム』は漫画家福山庸治さんが監督・キャラクターデザインを務めた。福山庸治さんは、『マドモアゼル・モーツァルト』や『臥夢螺館』などの代表作を持つ。作画のセンスと熱狂的なファンの多さは、STUDIO4℃ならではの人選である。
漫画とアニメは似ているようで、画面作りの文法も違うし、スタッフワークも全く違う別のプロダクトである。まず、短編としてそれを完遂することがアーティストとして大きなチャレンジになる。そして彼のように個性が強い作家が描く不条理を見せるのに、写実的な画面のアニメという媒体を選んだことは必然である。

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      ©Genius Party

LIMIT CYCLE by 二村秀樹
 『LIMIT CYCLE』はアニメーター二村秀樹さんの監督作品。今回はむしろビジュアルクリエイターという肩書きのほうがより似つかわしい仕事ぶりである。
 登場人物と同化しそうな不安感の繰り返しは、劇場で見るのに適したプログラムである。表現に合わせた2Dと3Dの融合は、もはや珍しい表現方法ではないが、ここまで一体化を前提とした作品は彼のビジュアルセンスあってのものである。

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      ©Genius Party

夢みるキカイ by 湯浅政明
 『夢みるキカイ』は、今回の「Genius」という名前が最も相応しいと思われる湯浅政明監督である。アニメーター・演出家、それぞれの仕事に熱狂的なファンを持つ監督。どちらの要望にも応えるのに適した今回の小作品は、それぞれの予想を遥かに上回る幻想的な作品に仕上がった。
 彼らしいアニメートもあれば、実写融合に近い画面作り。赤ん坊から始まるストーリーと、本作のタイトルは過分に示唆的である。

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      ©Genius Party

BABY BLUE by 渡辺信一郎
 『BABY BLUE』は渡辺信一郎監督のビターな恋愛物語。監督デビュー作の『マクロスプラス』や『カウボーイビバップ』にもその面影はあるが、真正面からこうした物語に取り組んだのは本作が初めてとなる。
 過去の作品がいずれもヒットしたことで、同様のジャンルばかりオファーされる渡辺監督が、自分の経験まで取り入れて、ある意味で意地を見せた内容だ。もちろん、彼が得意とする実写的なレイアウトと青春映画の風景は愛称が良く、途中のバカバカしくもあるコメディシーンまでは、いい意味でアニメを忘れてしまう。
 また、声優を担当した柳楽優弥&菊地凛子の芝居はロードムービーらしさを引き立てる大事な要素となっている。雄弁に心情を語る作品ではない。もし作中と似通った二人で見に行くのなら、男の方はよほど心情表現に注意しておかないと、同じように見抜かれてしまうかもしれない。

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      ©Genius Party

海外からの高い関心も
 『Genius Party<ジーニアス・パーティ>』はアメリカ・ワシントンで行われる「ジャパンフェスティバル」での上映が決定している。これは作品のクオリティや、制作者たちのネームバリューもあってのことだが、STUDIO4℃が持っている工房らしさが価値を認められたのだろう。
 これらの作品は子ども向けからアニメファン、アートアニメ、サブカルチャー好きまで、多様な視聴者層を飲み込む。無論、集まったのは天才作家ばかりである。が、今回の「Genius」の意味合いはメインカルチャーにおける悩みをもった「孤高」とは異なる。
 これほどのものを制作し、受け入れるアニメの懐の深さが、すなわち「日本らしさ」である。そこにこの天才たちによるオムニバス映画を海外で見せる意味がある。
【日詰明嘉】

Genius Party<ジーニアス・パーティ>
    公式サイト http://www.genius-party.jp/

7月7日(土)よりシネ・リーブル池袋、渋谷シネ・アミューズほか全国順次ロードショー
配給:日活
©Genius Party

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2007.03.25
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 日本のアニメを世界に発信する目的で始まった東京国際アニメフェアは、今年で6年目を迎えた。この6年間のフェアの拡大ぶりは、当初の予想を上回るものである。
 フェアのビジネスと一般の来場者数、参加企業はは毎年確実に増加をしており、いまではアニメ関連のビジネスショーとして国内外で広く知られるようになっている。また、アニメフェアは海外のアニメビジネス関係者の年間スケジュールに組み込まれて、この時期に合わせて来日するケースも増えている。

 こうした成功の理由は、日本動画協会や東京都、関連企業などの大きな努力の結果である。それにプラスして、アニメフェアの始まった2001年以降からこれまではアニメビジネスの国際化、新規参入が急速に増えた時期だったことも理由にある。
 日本のアニメビジネスに不案内なこうした国内外の企業は、アニメのトレードショウという場に来ることでアニメビジネスの概要を知ることが出来たからだ。また、そうした企業に対して自社をアピールする場としてもアニメフェアは機能している。
 トレードの場であると同時に、アニメの産業化を促す装置として役割を果たした。こうした成果は、積極的に評価されるべきである。

 しかし、好調にみえるアニメフェアも、今後の課題がないわけでない。ひとつは、ビジネスフェアの参加者の問題である。今回フェアには270の企業・団体が参加したが、国内企業の参加者はほぼ出揃った感がある。
 今後のさらなる規模の拡大には、そろそろ限界が見え始めている。もちろん、規模の拡大が全てではない。しかし、世界にはアヌシーのようなアニメーショントレードの大型ショウがあるほか、アジアにも韓国のSICAFのような大型トレードショウがある。

 日本のアニメ産業の振興や国際競争力の強化を考えるのであれば、こうしたイベントと競争するにはさらなるフェアの機能強化が必要である。そして、その可能性のひとつは、海外からの出展者の増加だろう。
 現在のアニメフェアは、日本のアニメを海外に売る機能は充実している。しかし、トレードショウは本来双方向のはずである。また、日本のアニメに関心がある企業は韓国や台湾、中国の2Dアニメにもおそらく関心があるはずである。もし、東京に来ることによってそうした作品を同時に見ること出来ればアニメフェアの機能はさらに高まるだろう。
 つまり、2Dアニメの世界の中心は日本であるとアピールすることで、日本が2Dアニメの情報ハブになる。世界の情報が集まることで、日本のアニメ産業もまた活性化するはずである。 

 また、国内ではアニメフェアにおける中小企業のサポートもより重要な課題になる。アニメフェアが巨大化すればするほど、中小企業の存在は薄れがちになる。新興企業のビジネスをサポート出来るシステムはフェアだけでなく、国内のアニメ産業にとっても重要である。

 さらに、今年の秋あらたに開催される巨大コンテンツイベント「JAPAN 国際コンテンツフェスティバル(これまで国際コンテンツカーニバルと呼ばれていた)」の大型アニメイベントとの調整も重要になる。
 アニメ番組には春と秋にシーズンの区切りがあり、春と秋のビジネスフェアは一見都合よく映る。しかし、巨大企業ばかりでないアニメ業界で年2回の大型イベントは、多くの企業にとって資金的にも人材的にも大きな負担となる可能性が高い。それはビジネストレード相手方バイヤーにとっても同様である。
 日本動画協会は秋のイベントについて、東京国際アニメフェアと異なる切り口で考えるとしている。おそらくこうした点は考慮されることになると想像されるが、東京国際アニメフェアと住み分けは今後も重要な課題となるだろう。

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東京国際アニメフェア2007 

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2006.03.21
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 アニメ制作ブームである。80年代には週に20本から30本に過ぎなかったテレビアニメの制作本数は、90年代に入ってから増加し続け、今年の春には新番組だけで70本近いという状況になっている。
 大手アニメ制作会社の東映アニメやサンライズ、プロダクションI.Gといったところでは、劇場映画も含めおよそ10本もの制作ラインが同時に動いているという活況である。80年代なら現在のこの3社の制作本数だけで全テレビアニメ作品が賄なわれてしまう。

 しかし、ブームであるならば、このアニメ制作ブームで儲っている人たちもいるはずである。それでは、一体誰が儲かっているのだろうか。
 結論から言えば、今回のアニメ制作ブームの恩恵を一番受けているのは、どうやらアニメ制作会社自身であるようだ。アニメ制作会社が儲かっていると言うと多くの人に怒られそうである。なぜならアニメの制作現場は低賃金労働の代表とされ、権利はテレビ局や広告代理店に取り上げられて全く儲からないというイメージが強いからである。
 だからここでの儲っているは、相対的なものである。つまり以前より状況が良くなっているというのに過ぎないかもしれない。

 それでも、アニメ制作本数の増加とそれを制作出来るほどスタジオが増えていないことは、アニメ制作会社に支払われる制作代金を確実に引き上げていそうだ。つまり、需要が増え、供給がそれに追いつかないとなれば価格が上昇する経済学の基本である。
 しかし、こうした動きは、契約の実態がなかなか外に出ないアニメ業界のことでなかなか判りにくい。しかし、一部の上場アニメ制作会社の決算から見て取ることが出来る。

アニメブーム 誰が儲っているの?その2 

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 まず注目したいのは、2月10日に第3四半期の決算を発表したマーベラスである。マーベラスの決算では、同社はアニメ制作事業の制作本数増によって売上高は増やしたが、営業利益を減らしている。マーベラスは、これはアニメの制作費用が増加しているためだと説明している。
 つまりアニメの制作費用、制作会社に支払われる金額は、売上高の伸びをかなり大きく上回っているわけである。アニメ制作会社に支払われているお金は増えているのである。
 
 これはマーベラスに限ったことではなく、トムス・エンタテイメント(TMS)のアニメーション事業についても同様のことが言える。同社の第3四半期でも、アニメ制作本数の増加と売上高の増加、そして営業利益の減少が並立している。これも制作費用の増大が理由だという。
 マーベラスとTMSは、アニメの企画は立てるが実際のアニメ制作は外注する企業であるから、増加した売上高の利益の多くが外注先の制作会社に流れていると考えられる。

 一方、アニメの企画も行い、制作も自ら行う東映アニメーションやGDHの決算は対照的である。売上高の伸びと営業利益の伸びが同時に実現している。中間決算では、減収減益になったプロダクションI.Gも、その要因は大型劇場映画の版権収入がなくなった反動であり、テレビアニメの制作だけを見ると増収増益である。
 ここで判るのは、これらの企業は版権収入だけでなく、アニメ制作でも利益を伸ばしていることである。

 先日、マーベラスによる老舗制作会社アートランドの買収が発表された。マーベラスによれば、外部発注していたアニメ制作を内部に取り込むことによって利益の向上を目指すという。
 これまでの大企業によるアニメ制作会社の買収は、制作会社の版権目的が多いとされてきた。しかし、マーベラスのアートランドの買収は儲かるアニメ制作を自社に取り入れるという新たな動きといえるだろう。

 ここ1、2年で多くのアニメ企業が、売上高に占める版権収入の割合を減らしている。これは、版権収入が減少しているというよりも、むしろ制作売上高が増加していることを示している。逆に言えば、アニメ制作本数の伸びほどに、版権収入は伸びていない。つまり、アニメ制作本数は増えたが、アニメの関連市場は広がっていない。
 これまでは中小アニメ制作会社が儲からないのは、版権を持てないためとされてきた。しかし、少なくとも今回のアニメ制作ブームでは広告代理店やテレビ局といったアニメ製作投資をする企業は、このブームの利益を必ずしも享受していない可能性が高い。製作出資が増えているにもかかわらず、版権収入や窓口権料が拡大していないからである。

 それでも、数多くの作品に投資していれば『ガンダム』や『ジブリ』、『プリキュア』といった大ヒット作品が、他の作品の費用をカバーする。問題は、異業種参入でアニメ製作出資に進出し、1作品から数作品に投資して出資金を回収出来ないケースである。
 アニメ制作本数が増えるなかで、こうした儲けを実現出来なかった企業は将来的には撤退に向かうだろう。その結果、今の膨張したアニメ制作の現場も再び縮小に向かう可能性もある。
 もしかしたら、現在のアニメ制作会社に訪れたのは、長い冬のあとの小さな春かもしれない。そして、熱い夏が来る可能性は必ずしも高くはない。

アニメブーム 誰が儲っているの?その1

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2006.01.18
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 インターネット・ITの成長企業として大きな注目浴びていたライブドアグループが決算操作、風説の流布疑惑によって捜査を受けている。その影響によるここ2日間の株式市場の下落はすさまじいものがある。
 こうした株価の下落は株式市場全体に及んでいるのだが、アニメやゲームなどを含むコンテンツ関連企業は特に下落率が大きく打撃を受けている。
 それはコンテンツ関連企業がインターネットなどのIT企業と親縁性が高いことに理由がある。また、こうした企業には近年上場した中小型株が多く、もともと株価の変動性が高いのに加えて、新興成長企業としてライブドアのような新興IT企業とイメージが重なるからだ。

 では、今回の下落は、今後もアニメやゲームなどを中心としたコンテンツ関連企業に影響を与えるのだろうか。その答えはイエスでもあり、ノーでもある。
 少なくとも、今回の事件をきっかけに高株価を利用した成長戦略は、産業全体で見直しを迫られる可能性が高い。たとえ適法でもあっても、そうした戦略をとってきた企業には、今までより厳しい目が向けられるだろう。
 売上高や収益に較べて合理的に説明出来ないほど高い株価がついた企業には、成長性といった夢の部分だけでなく、より現実的な企業戦略の説明が求められるに違いない。そして、投資家に安心感を与えるのは、より十分な情報開示しかありえない。
 
 しかし、アニメやゲーム関連企業の大半の株価は、その売上げや資産、収益と乖離した株価がついているわけではない。むしろ、多くの企業の株価は、実際の企業業績によって裏付けられ、そうしたものを材料に変動している。
 こうした企業の株価は一時的に下がることはあっても、景気動向や業界動向にしたがって、通常の相場に戻って行くのにさほど時間がかからないであろう。今回の事件の影響は限定的といえる。

 今回の事件で一番影響が大きいのは、今後の業界でのM&Aの動向かもしれない。ここ数年、ゲームやアニメ業界に吹き荒れていた買収やM&A熱が、収まることが考えられる。
 これまでM&Aは株価のプラスになることが多かったが、それが株価にあまり影響がない、むしろマイナスになれば、今後は慎重になるだろう。勿論、現在のアニメやゲーム企業のM&Aはマネーゲームというより、業界構造の変化と再編の流れのなかで起きている。
 それでも、たとえ必要なM&Aケースであったとしても、M&Aにおける収益性やシナジー効果は、経営者によっても株主によっても厳しく精査されるようになるのは確かだ。

 株式市場の歪みは、中、長期的には市場の中で是正されて行くものである。今回のきっかけが何であれ、株価の下落には市場の歪みを修正する動きも含まれていただろう。同時に実態以上の株価下落は、実際の景気動向に合わせてまた修正されて行くに違いない

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2005.12.23
批評 ]
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 21日にアニメ制作会社としては数少ない株式公開を果たしたプロダクション I.Gの上場と株価の高騰は印象深い出来事であった。しかし、この中で特に印象深かったのは公開後に時価総額が急速に膨らんだことである。
 これまでは、中小企業の集まりのように考えられていたアニメ制作会社への市場での評価を感じる一方で、アニメ制作会社の企業価値を考えさせる出来事である。つまり、制作会社の企業価値は一体、いくらかということである。

 平成15年9月の第三者割当増資の発行額1株45万円から算出するプロダクションI.Gの時価総額は、上場前の56億2500万円から、22日の終値で、244億円に膨れ上がっている。
 非常に大きな数字ではあるけれど、これは特別な数字ではなく、同じくアニメ制作会社で株式公開をしている東映アニメーションの時価総額は12月22日の終値で計算して599億円、トムスエンタテイメント(TMS)が375億円、GDHは253億円である。
   
 アニメ制作会社の企業価値を計るには、株式時価総額でない別の指標もある。それは、実際に会社が売買された際の金額である。近年、アニメ制作会社のM&Aが進んでいることもあり、実際に買収されたアニメ制作会社の取引価格が世間に公表されている例は少なくない。
 そうした例からは、昨年2月にインデックスに買収されたマッドハウス、本年、タカラに買収された竜の子プロダクション、ウェッジHDに買収されたラディクスなどの数字が参考になる。
 この買収金額を見ると下記のようになる。

マッドハウス 6億円 (株式66.66%) 企業価値9億円
竜の子プロダクション 10数億円 (株式88%) 企業価値20億円弱
ラディクス 3億円強 (株式100%) 企業価値3億円
エイケン 3億4800万円 (株式70%) 企業価値約5億円

 この金額を先の上場4企業の時価総額と較べると、多くの人が驚く違いない。その金額にあまりにも大きな差があるからである。勿論、上場4企業は、売上高50億円から200億円規模のアニメ制作会社の中で大手と考えられる企業である。
 しかし、時価総額の開きほどまでには、会社規模に差はないはずだ。マッドハウスは、高品質なアニメ制作ではプロダクション I.GやGDHと並ぶ評価を得ている会社である。
 また、竜の子プロダクションは、プロダクション I.Gが昔I.Gタツノコを名乗っていたように、プロダクション I.Gの本家筋に当たる会社でもある。
 それでは、上場アニメ制作会社の価値は、不当に高く評価されているのだろうか。それとも買収企業が買収する会社を買い叩いたのだろうか。おそらく答えは両方ともNOであろう

その2に続く

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animeanime16:02 | (0) | (0)
批評 ]
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 何故マッドハウスの企業価値は、GDHやプロダクションI.Gより安く評価されたのだろうか。勿論、厳しい上場基準をクリアーした上場4社とこれらの企業の収益性や財務体質には、大きな差があるに違いない。
 しかし、マッドハウスを評価する時の最大の問題は、価値評価すべきものがほとんどなかった点にあるとされている。多くのアニメ制作会社がそうであるように、マッドハウスには不動産や金融資産の類があまりない。
 また、優れた作品を多く生みだしてきたが、その著作権をほとんど所有していなかった。それは、東映アニメ、TMS、GDH、I.Gとは大きく異なる点だ。
 マッドハウスの所有していたのは、「マッドハウス」というブランドとそのブランドにつながるスタッフとクリエーターのネットワークであったと言っていいだろう。

 それでは、竜の子プロダクションはどうであろうか。タツノコは、これまで制作してきた人気作品のタイムボカンシリーズ、ガッチャマン、キャシャーンといった多くの作品の著作権を持っている。にもかかわらず、タツノコの企業価値評価も低かった。
 それは、タツノコがマッドハウスとは対照的に著作権は持っているが、優れた作品を持続的に制作するスタッフとクリエーターのネットワークが弱かった点にあるだろう。
 これらの企業の例を考えると、アニメ制作会社の価値がどこから生まれてくるのかが判る。つまり、アニメ制作会社の価値が高く評価されるのは、高品質な作品を制作出来る能力と著作権を所有しているかどうかである。

 さらに注目すべきなのは、マッドハウスのクリエーターとの結びつきが企業価値評価の際に問題とされたことである。信頼関係のみで結ばれたネットワークの弱さと言っていいだろう。
 マッドハウスとつながりのある優秀なクリエーターの多くは同社の社員でないし、社員であったとしても人材流動の激しいアニメ制作の現場では、それは不安定なものである。それゆえ著作権も少なく、クリエーターとの関係が不安定とすれば、企業価値はブランド価値だけになってしまう。
 結果的に、マッドハウスは買収後も優れた作品を作り続けている。しかし、買収時点では、マッドハウスの企業価値は低評価になるしかなかった。

 アニメ制作会社の価値を高く維持しようとした時に、会社は価値ある作品の著作権を確保することと、優秀なスタッフ、クリエーターとの持続的な関係を維持することに力を注ぐ必要がある。
 ここで、敢えて触れなかった今年あった最も大きなアニメ制作会社のM&Aを考えてみたい。日本の誇るアニメブランドのスタジオジブリである。
 株式会社スタジオジブリが徳間書店から買い取ったジブリ事業部の営業権は推定150億円程度とされている。つまり、スタジオジブリの価格は先の上場4企業と並ぶ企業価値のあるアニメ制作会社といえるだろう。
 この金額にはこれまで作品の営業権しか含まれていない。しかし、株式会社スタジオジブリに出資したとされる日本テレビや電通といった会社は、スタジオジブリにおける持続したクリエーターとの関係にも投資したと考えていいだろう。つまり、スタジオジブリとは宮崎駿そのものであり、スタジオジブリと宮崎駿を中心とするクリエーター陣は不可分であるからだ。

その3に続く

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批評 ]
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 企業とクリエーターの関係を考える意味では、プロダクション I.Gの上場には、両者の新しい関係を構築する点があった。それは、社員以外の人も含む、複数のクリエーターがプロダクション I.Gの株式を所有していたことである。
 今回の株式上場で、こうしたクリエーターが株式上場含み益を得たことは言うまでもない。プロダクション I.Gは、これまで一定の労働の対価として報酬をクリエーターに渡す以外に、全く別の方法でクリエーターに報いる方法を見つけたのである。
 これは企業側にとっては単に金銭的な理由だけでなく、より密接で持続的な関係をクリエーターと結ぶ装置としても働く。クリエーターにしてみれば、自分が株を持っている会社の仕事を優先し、力を入れるのは当然といえるからだ。

 株式上場は、通常は1回限りのイベントである。しかし、必ずしも株式を上場しなくても、同様の効果はストックオプションの付与で可能である。ストックオプションは、一定の価格で会社の株を買う権利を与えるもので、会社の株価がその金額より高くなれば、株の購入者の利益となるものだ。
 実際に、プロダクションI.Gは、既に昨年の8月にこのストックオプションを導入している。勿論、社員のモチベーションを上げるためのストックオプションは企業においては珍しいことではない。
 しかし、ここで重要なのはクリエーターに厚く、また社外のクリエーターもが、ストックオプションの対象になっている事実である。

 文章があまりにも長くなったのでここでは触れることが出来なかったが、東映アニメーションやトムスエンタテイメントいった老舗の制作会社にも、優秀なクリエーターを持続的に維持出来るシステムが存在していると考えられる。それは長い歴史とその企業規模の中で築き上げられた自立的なシステムといってもいいだろう。
 いずれにしても、アニメ制作会社の企業価値にとって重要なのは、ひとつは優れた作品を作ることの出来るスタッフとクリエーター、そしてそれを持続できるシステムである。そして、ふたつめが制作した作品の権利を自社の資産として保有できることである。
 現在、企業価値が高く評価されている企業は、意識的であれ、結果論であれ、それを実現出来た企業であるといえるだろう。そして、今後成長を目指す、あるいは株式上場を目指す企業が市場から高く評価されるには、この両方を実現していることが求められるに違いない。
(数土直志)

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animeanime16:00 | (2) | (0)
2005.10.16
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 世間でオタクと呼ばれる人の全てがコレクターとイコールとは言い切れないが、熱心なコレクターである率は高いように思える。少し周りを見渡しても、フィギアやDVD、マンガなど多かれ少なかれコレクションらしきことをしているファンは多い。
 そんなコレクターがコレクションを充実させる時に利用するのがネットオークションである。もともと、ネットオークションはコレクターとの親和性が高い。例えば、世界最大のネットオークションの米国イーベイの始まりも、創業者がペッツのコレクターで、そのトレードの効率的な方法を考えてのものだった。
 日本でも当初よく判らない、危険、怖いというイメージの強かったネットオークションで盛んに取引を試みたのはコレクター達であった。彼らは、欲しいものを手に入れるためなら多少の危険は顧みないからだ。そんなわけで初期のネットオークションは、今より遥かにオタク色が強かった。
 そんなオタクコレクターの高額落札の実態の一部が、ネットオークション情報を集めたサイトである「オークション情報」のYAHOO!高額売買の記録から見て取れるので紹介してみたい。

最高落札価格はパーマンソフビ3点セット?
 オークション情報の過去の高額落札記録によると、オタク関連グッズで2001年以降の最高落札価格商品は「パーマンソフビ3点セット」2003年5月2,713,000円である。リストで見る限りこれがマニア系の商品では最高金額である。やはりソフビは、高額マニア商品の定番のようだ。
 しかし、これが絶対一番かと言うと多少の疑問が残る。実はオークション情報の高額落札記録には、古い落札結果でフォローされていない情報が数多く見られるからだ。例えば、筆者の記憶には「未来少年コナンセル画セット」の200万円以上、「機動戦士ガンダムのシャアのセル画1点」120万円といった高額落札があるのだがリストには見られない。現時点で確認出来る、最高落札価格ぐらいと考えておいたほうが良さそうだ。

『CLAMPイラスト入りサイン色紙「ツバサ」』事件
 セットものでない1点ものの最高落札価格をみると、先月、高額落札価格としてネット上でも話題を呼んだチャリティーオークション「CLAMPイラスト入りサイン色紙「ツバサ」」がある。記録は2005年8月の落札で金額は200万3千円である。しかし、あらためてこのオークションの記録を辿ってみると、なんと現在は最終落札価格が55万3千円に訂正されている。
 どうやら高額入札者の相次ぐキャンセルによって、最終的に落札価格が当初の1/4近くにまで下がってしまったらしいのだ。ネットオークションの危険な部分がまさに現れてしまったかたちだ。最終価格55万3千円は、一般的に考えれば充分な高値ではある。しかし、200万円でなく55万円であったら入札しておけば良かったと思っているCLAMPファンもきっといるだろう。

『ナースkokoちゃん』村上隆xBOMExGQ
 さらにその次に来るのは2005年9月落札の村上隆の現代アート作品「ナースkokoちゃん世界限定5体」120万3千円である。現代美術家村上隆のアニメ的なフィギアで、モデルが佐藤江梨子、海洋堂制作と極めてオタク的な商品である。
 しかし、これがアートなのかコレクションアイティムなのか、はたまた投資のためのグッズなのかはよく判らない。確かなのはこの作品の購入価格は84万円なので、出品者は商品を手に入れてわずか一ヶ月の転売で30万円以上の利益を手に入れたことである。

ソフビ?コスチューム?超合金?
 100万円前後になると落札記録も続出する。どうやら、100万円というのは多くのコレクターがどうしても欲しいコレクションに払っていいと思える限界点のようだ。その中には「ウルトラマンガイア コスチューム」(2003年8月115万2千円)、「デビルマン スタンダードサイズ ソフビ 正規品 マルサンブルマークタイプ」(108万3千円)、「超合金キカイダーサイドマシーン」(105万1千円)、「1954年『ゴジラ』初版パンフレット」(101万4千円)といったものがある。落札商品の幅も随分と広がって来る感じだ。

綿の国星 チビ猫ビスクドール
 先日、ファンの熱心な要望で再販の決まった「綿の国星 チビ猫ビスクドール」は、昨年の12月に初販のドールが87万9千円で落札されている。この人形、21年前の発売当初は価格2万円、限定400体だったから大出世と言っていいだろう。
 再販されるビスクドールは限定500体、47,250円と数も値段も程よい感じで、今までどうしても欲しかった人には有り難い企画である。しかし、再販の決定は旧作タイプのオークションでの取引価格にも影響してくるに違いない。

 こうして高額落札商品をみると古いもの、限定品、通常は販売されていないものと、当たり前ながら手に入り難いものが並んでいる。そして、手に入り難いからこそ、またオタクコレクター心も熱く燃えるのだろう。

オークション情報 
チビ猫ドール復刻版 

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animeanime23:59 | (0) | (0)
2005.10.11
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 富野由悠季監督の次回の新作アニメは、富野監督が長年に亘って描き続けてきたバイストンウェルを舞台にした『リーンの翼』である。『リーンの翼』は、1983年に富野由悠季自身の手で、小説として『月刊野生時代』に連載されたことがあった。しかし、今回のアニメはその小説とは大きく異なるようだ。
 
 正直、富野監督がバイストンウェルを描くと聞いた時、またかと思った。富野由悠季は『聖戦士ダンバイン』からずっと、現実世界からバイストンウェルに行った若き戦士といった同じモチーフを何度も繰り返して用いている。そして、それらの作品はあまり一般的には受け入れられなかった。
 今にして思えば、富野監督の思い描くファンタジーと世間で一般に受け入れられているファンタジーには大きなずれがあった。つまり、初期の『ダンバイン』にしても、『リーンの翼』にしても、小道具としてのファンタジーは揃っていたが本質的にはファンタジーではなかった。設定は揃っていたが、肝心の物語が欠けていたからだ。
 例えば『ダンバイン』は、ファンタジーらしさを追求するあまり、作品を支える物語がなくなってしまっていた。皮肉なことに『ダンバイン』の物語が生き生きとし始め、名作となり得たのはファンタジーの設定を捨てて地球を舞台に変えた地上編のおかげである。『ダンバイン』は地上編になることで初めて、人間関係が浮き上がりドラマとして盛り上がったのだ。

 バイストンウェルという設定こそが物語の形成を邪魔をしたのは、『聖戦士ダンバイン』のあとに続いたバイストンウェルの小説シリーズ全てに共通した特徴でもある。それらの小説の印象は、悪くはないけれど心惹きつける魅力にどこかかける点に集約される。
 つまり、世界観作りに熱中し過ぎて物語が手薄になっていること、本来、ファンタジーを引っ張るはずの物語が手薄になったことで、物語が観念の世界で回ってしまったことである。人間には得意、不得意の分野があって、富野由悠季とファンタジーは根本的に相容れないというのが、その時の僕が下した結論である。
 
 それでは今回、富野監督がまた『バイストンウェル』を取り上げることは失敗なのだろうか。実は、そうではないと僕は思っている。それは2000年前後から明らかになってきた富野由悠季監督の作品における質の変化のためである。
 近年の富野監督の作品は80年代後半から90年代はじめにかけて見られた、キャラクターのとげとげしさが急激に薄れている。『∀ガンダム』のシリーズ全体に流れていた暖かさは今までの富野監督の作品には全く見られないものだった。
 また、『伝説巨神イデオン』とコンセプトがそっくりと指摘されていた『ブレンパワード』と『イデオン』の最大の違いは、『イデオン』が結局人間同士、イデと人間、全てがすれ違ってしまったのに対して、『ブレンパワード』の最終回はあらゆる対立が和解に向かっていったことである。
 それは90年代前半以前に見られた多くの作品と根本的に異なっている。そして、言うまでもなく劇場版『機動戦士Zガンダム-星を継ぐ者-』である。作品の見せ方を少しずらすだけで、全く異なった印象を与えることに成功している。『Zガンダム』のトゲトゲしさがなくなり、とても感情移入しやすくなっているのだ。

 近年の富野監督に見られる特徴は、判りやすさとか観る側からの共感という言葉に代表される。そこで新作『リーンの翼』である。この作品が、これまで読者・視聴者の感情移入を拒んできた「バイストンウェル」シリーズと大きく異なった作品になる可能性は高いのでないだろうか。そして、もしそれに成功すれば、富野監督の同じモチーフの繰り返しも今回で終止符が打たれるかもしれない。

新作リーンの翼公式サイト 

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2005.09.21
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 スタジオジブリの宮崎駿監督は、『千と千尋の神隠し』、『ハウルの動く城』などの劇場アニメで大ヒットを続け、その動向はアニメ界では常に注目の的である。とりわけ注目を浴びているのが、宮崎監督の次回作についてである。一体どんな話を、いつ製作し公開するのかだ。
 一度は引退宣言を出したこともある宮崎監督だが、次回作はすでに動いているらしい。これまでにも、毛虫を主人公にした話や中国の絵本作家の作品を原作にするのでないかといった噂が流れたことがある。

 その宮崎駿の次回の作品がどうやら決まったらしいとの話が、インターネットの一部で流れている。正確な話が判らず噂の段階ではあるが、その話ではネピュラ賞、ヒューゴ賞も受賞したことのある米国のSF作家が書いたファンタジー小説の名作が挙げられている。
 この話が本当に実現するのかは判らないが、もし実現すれば近年のほかの宮崎作品のどの作品より楽しみである。この作品は、僕が子供の頃とても好きな話のひとつだったからだ。
 近年、世界の映画界では名作ファンタジーの映画が相次いでいる。『指輪物語』(ロードオブザリング)、『ナルニア国物語』、『チョコレート工場の秘密』(チャーリーとチョコレート工場)など、マイナーな世界に属していたと思っていた作品が何百億円もの興収をあげる映画に仕立て上げられている。時代のトレンドの乗ったわけでないと思うが、それでもスタジオジブリのビジネス面でのうまさも感じる。

 スタジオジブリのうまさは、クリエーターのクリエイティビティを満足させるだけでなく、ビジネス面でのサポートが充実していることだ。これまで宮崎監督の次回作として話題にあがった作品は、いずれも小品にはなっても、長編劇場作品としては物足りなさがあった。しかし、この作品であれば多くの観客にアピールする力を持っているだろう。こうなったら、是非実現して欲しい企画である。
(すどただし)

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2005.07.27
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 『劇場版鋼の錬金術師‐シャンバラを往く者‐』の興行が好調な出足を見せている。これは、この春公開された『劇場版機動戦士Zガンダム‐星を継ぐ者‐』の予想を越える好調ぶりと合せて大人向けの劇場アニメの現状について考えさせられる。
それはまた、昨年やはり大人向けの顧客層を狙った『イノセンス』、『スチームボーイ』といった作品の興行が思ったほど伸びなかったこととも関係がある。
 この4作品の類似点は『ポケモン』や『名探偵コナン』といった作品より高い年齢に向けて作られた作品である。そして相違点は、『ハガレン』と『Zガンダム』がテレビアニメから派生した作品であるのに対して、『イノセンス』、『スチームボーイ』が劇場オリジナルの作品である点だ。両者の他の大きな相違である制作費の違いや製作期間の違いは、こうした違いから生じる副次的なものである。

 これらの作品の興行成績は、日本映画製作者連盟によれば『イノセンス』が10億円、『スチームボーイ』が11億6000万円である。一方『Zガンダム』は、現在9億円から10億円が予想されており、また、『ハガレン』の興収が『スチームボーイ』のそれを上回ってくる可能性は極めて高いだろう。それぞれの興行収入はよく似た水準にあるが、製作期間、制作費から考えた投資効率を考えると、製作期間が短く、制作費も低い『Zガンダム』と『ハガレン』のパフォーマンスの良さが際立っている。
 ではなぜ『Zガンダム』や『ハガレン』は『イノセンス』や『スチームボーイ』に匹敵する、もしくはそれを上回るほどの成績を残すことが出来るのだろうか。それは、『イノセンス』や『スチームボーイ』の2作品が劇場用のオリジナル作品であり、後者がテレビ作品の劇場展開であるためだ。

 よくマンガ原作のテレビアニメ化がリスクの低いものとして指摘される。それは、マンガ市場での競争を勝ち抜いてきた作品は、既にマンガ市場の中で選別されているからだという。同様の関係が劇場アニメとテレビアニメの関係の中でも言える。
 つまり、数多くのテレビアニメ作品の中で視聴者の人気をある程度確認出来た作品のみが劇場アニメ化される。このためオリジナルの劇場アニメに較べて、テレビアニメ発の劇場アニメはある程度の人気が確保されており大きなはずれはない。1年以上に亘るテレビ放映の中で、視聴者の高い認知度を確保していることも理由であろう。これは、子供向けのアニメ、大人向けのアニメに両方に通じることだ。こうした効果はアニメだけでなく、『踊る大捜査線』といった日本映画の一部にも見られる特徴かもしれない。

 では、リスクの少ないテレビアニメ作品の新作のみをアニメ製作会社は作ればいいのかという話でもない。むしろ劇場オリジナル作品に必要なのは、高いリスクを前提にした市場のニーズを読み取ることや市場戦略である。それでもヒットは約束されたものではないが、まず観客が何を望んでいるかの出発点は不可欠であろう。
 『イノセンス』や『スチームボーイ』のDVDの売れ行きはかなり好調であり、長期的に考えれば採算が取れるという事情は理解している。しかし、出発点が劇場アニメであるならば、まず劇場で大ヒットすることが必要であると思うし、それが大人向けのアニメという日本のみが開拓したアニメ市場の発展につながると信じている。

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2005.06.12
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 アニメや映像、ゲームについて述べているブログ『さて次の企画は』での、“Ζガンダム劇場版で見る富野と宮崎の教育観の違い”が面白い。記事の内容は若手育成に取り組まない宮崎監督と若手育成に熱心な富野監督の違いについて語っているのだが、僕自身も色々考えさせられた。内容については、実際のサイトの記事を読んでもらうとして、僕はこの記事を読んで両者の教育観の違いを日本的な宮崎監督とアメリカ的な富野監督と捉えた。あるいは、宮崎監督は伝統主義的で富野監督はベンチャー的とも言いかえることも出来る。
 つまり、宮崎監督はクリエーターにあるべき忠実な姿を望み、技術は職場の中で自然に育って行くものと考えており、富野監督は煽り、励まし、挑戦させるといったあらゆる手段の教育により若手の異なった才能の引き出すことを必要だと考えているのではないだろうか。

 富野監督のアメリカ的というのは、特に先の記事の中で
“富野にはかなり以前から『若者を育てなければいけない』という強迫観念があるようだ。”
といった言及が、名を成した米国人の多くが若手の発掘や後進育成のための異常とまでいえる情熱を注ぐのに相通じるものを感じるからだ。
 米国では不思議なことに名を成した人の多くが次に何をするかというと、ほとんどの場合が若手の育成なのである。つまり、これはいけると考えた若手を自分の力を使って引き上げるといったことが日常的に成されている。こうしたことは、音楽や芸術といった創造的な分野だけでなく、研究者や経営の現場も含めたあらゆる場所で行われている。それは、良し悪しを超えて成功した人間の義務と考える米国の革新性を育てる文化なのだ。
 
 話を戻すと、こうした両者の違いはどこから生まれて来るのだろうか。それは宮崎駿監督と富野監督のアニメ制作におけるポジションの違いである。宮崎監督は日本アニメーション制作の本流に位置し、アニメを越えた文化人としてもエスタブリッシュされた場所にいる。
 おそらく、宮崎監督にしてみれば、優れた才能は自分から育ち、自分で道を切り開いていくということであろう。また、アニメーション(敢えてアニメとは言わない)にはやはり優れた作画方法や演出方法がありそれは守られなければいけない。そうした漫画映画の伝統から外れたものは受け入れ難いといったことが想像できる。
 そうした人の元では伝統的な高い技術を持ったクリエーターは間違いなく育つに違いないが、はじけた個性が生まれ難い。むしろ、先達が優れていれば優れているほど、その様式を受け継いで行くことになる。そう考えれば、ジブリにおいてもおそらく人材は育っているに違いないが、そうした人達はあまりにも手堅すぎて外に向かって印象を残さないのだと想像される。

 一方、富野監督は絶大な人気を得た『機動戦士ガンダム』の生みの親でもあるが、それでも伝統的なアニメーションの本流からは外れており、サブカルチャー的な部分での成功である。宮崎監督が、アカデミー賞やビエンナーレで賞を取ることがあっても富野監督がそれを取ることはほぼありえない。富野監督は、しばしば宮崎作品のような国民的な作品や子供番組、ギャグアニメといったものを高く評価し、それに嫉妬するといった発言を行っている。それは、自分がそうした主流でない場所を歩んできている強い自覚を持っている現われである。
 こうしたサブカルチャーの目立った属性は、今までとは違うこと何か新しいものを良しとすることである。サブカルチャーの世界では物事は常に変動しており、他と異なる何かがその文化を発展させて行くのだ。富野監督は、そのことを十分理解しているからこそ自分の属する世界の発展のためには、これまでとは違う何かを持つ若手を育成することを必要としている。富野監督は常に出来るだけ若いクリエーター、自分と異なる世界のクリエーターと触れることで新しい何かを発見することを期待しているのだ。
 宮崎監督にとっては、自分の属する世界を発展させることは現在ある技術を守り、発展させて行くことであり、全く新しいものは必要としていないに違いない。だから、両者の教育観の違いは二人の個性の違いというよりも、アニメを超えた日本の保守的な文化と革新的な文化の違いの反映だといえる。

上記参考記事
さて次の企画は Ζガンダム劇場版で見る富野と宮崎の教育観の違い
           劇場版Ζガンダムでの富野と宮崎の教育観の違い(続き)

続きを読む "宮崎監督と富野監督の教育観の違いについて" »
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2005.05.06
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 5月5日に米国カリフォルニア州のディズニーランドで、同パークの開園50周年記念イベントが行われた。キャラクタービジネスの本場とはいえ、その歴史の長さとそれを支えるミッキーマウスを初めとするキャラクターの息の長い人気には驚かされる。 
 この成功の秘密は何なのだろうか?それは、ユニバーサルスタジオとの違いで理解出来るのでないだろうか。つまり、ディズニーランドは新しいキャラクターを導入しつつもビジネスの基本は、ディイズニーがその創生期に生んだ数々のキャラクターにある。一方、ユニバーサルスタジオは同じ映像コンテンツであるがキャラクターというよりも映画そのものが主体となっている。そして、キャラクターに較べると映画は人気が拡散しており、それゆえアトラクションの頻繁な入れ替えが必要になっている。
 この違いは、日本のディズニーランドとUSJとの違いにも現れている。つまり、安定した人気を誇るキャラクターを中心とするディズニーランドに較べて、USJは『スパイダーマン』といった旬の人気作品をモチーフにしたアトラクションに重点が置かれている。USJが開園当初ほどの人気がなくなっているのは、一部のアトラクションの素材が時代遅れになっている可能性が高い。そうした意味で、大きな話題を呼んだ『鋼の錬金術師』のUSJのアトラクション採用は、旬の人気作品を導入する点でユニバーサルの方向性に合っていた。むしろ今後USJが東京ディズニーランドと差別化するには、そうした方向での差別化が合理的でないだろうか。

 それでは、キャラクタービジネスの重要性が叫ばれている現在の日本でこうしたキャラクター中心のテーマパークはビジネスとして成り立つのだろうか。キャラクター大国と言われる日本でも、意外とこうした施設は少ない。大型施設として作られ現在も続いているのは、東京多摩センターの『サンリオピュローランド』、松戸の『バンダイミュージアム』、三鷹の『ジブリ美術館』だけである。いずれもが、『キティ』、『ガンダム』、『宮崎アニメ』といった強力なブランドを持っているのが特徴である。しかし、テーマパーク型の施設は『サンリオピュローランド』だけと言ってよいであろう。

  本格的なテーマパークが難しいのは、投下する資本があまりにも大きく、リスクの高いビジネスであるからだ。幾ら人気があっても限られた作品と似たようなキャラクターで構成される単一の作家、プロダクションでこうしたディズニーランドのようなテーマパークを建設して恒常的に幅広い来客を集めるのはかなり難しいことが予測される。
 実際に、大規模テーマパークとして川崎市に建設を目指した手塚治虫のテーマパークの計画は途中で挫折した。その際に、キャラクター別のスポンサーを企業に募集したところ、一部の特定キャラクターにしかスポンサーがつかなかったという話も聞く。
 
 世代を超えた来客が何度もやって来るためには、幅広いキャラクターのラインナップが必要である。なおかつ、ディズニーのような息の長い複数のキャラクターを活用した安定経営が必要になるだろう。では、日本で息の長いキャラクターは何だろうか。例えば30年を超えてかつ人気を持っているキャラクターたちである。
 『ハローキティ』、『ガンダム』、『鉄腕アトム』、『仮面ライダー』、『ウルトラマン』、『ドラえもん』、『世界名作劇場』、『宮崎駿の初期の作品』などがすぐに思いつくところだ。しかし、ざっとあげたこうしたキャラクターを見ただけでも権利保有者がそれぞれ異なることが判る。
 もし、日本でディズニー型のテーマパークを展開しようとすれば、こうしたキャラクターの権利保有者の合従連合が不可欠ではないだろうか。例えば、東映グループ、バンダイグループ、日本アニメーション、サンリオといった連合が可能になれば、日本のみならず海外からも来客を呼べる有力な観光コンテンツになるはずである。
 交渉の難しさやそれにかかる費用を考えれば夢物語かもしれない。しかし、過去10年以上に亘って日本、世界で起こった世の中の変化を考えればこうした夢も全くの夢物語とは言えないだろう。

                     
米国ディズニーランド 

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2005.04.04
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 東京国際アニメフェアで石原慎太郎都知事が発言したとされる「私はミッキーマウスが嫌いだ。ミッキーマウスには、日本のアニメが持つユニークな点が何もない。」という発言が、アメリカのメディアに波紋を投げかけている。
 ことの発端は、米国の有力日刊紙であるニューヨークタイムズが、4月2日の記事で上記の石原都知事の発言を取り上げて、石原都知事のナショナリスティックな姿勢を批判したことにある。この記事は、アメリカの多くのアニメ関連のニュースサイトで取り上げられている。
 これがさらに大手の通信会社UPIによって、ニューヨークタイムズの記事として全世界に発信されている。このため石原都知事の発言は、今ではアニメにあまり興味のない人にまでに読まれることになりそうだ。

 ニューヨークタイムズがしばしば反日的な記事を掲載する傾向のある新聞だとしても、今回の石原都知事の発言が不用意であったのは事実であろう。石原都知事は古くから『NOといえる日本』などで物議を醸し出すなど、確信犯的に愛国者として振舞うことはよく知られている。
 しかし、アニメという場でそうしたものを持ち出すのはあまりにも場違いであった。異なった文化の異なった作品を取り上げて、どちらがより優れているというのはあまり意味をなさない行為である。

 ところが、今回の石原都知事のような考え方は実際にはあまり目新しいものでない。つまり、ディズニーを始めとする米国アニメーションはつまらなく、日本アニメは素晴らしいという意見は世間にも少なからず見受けられるからだ。
 実際にはこれは大きな誤解であり、日本アニメと米国アニメーションに横たわるのは、作品あるいは商品として有り様の違いに過ぎない。どちらが優れているものでも劣っているものでもない。

 そうでなければ、日本ですら『ファインデイング・ニモ』が110億円もの興収を稼ぎ、日本人のテーストに合わないとされた『シュレック2』が25億円もの興収を稼ぐことを説明することが出来ない。興収25億円は多くの日本の劇場アニメより大きな数字である。
 単純でシンプル過ぎるとされるアメリカのアニメーションは、むしろシンプルで判り易くあることに特化した結果のものである。大衆受けするドラマやエンタテイメントは、多くの場合馬鹿らし過ぎるほど単純なものである。
 アメリカのアニメーション作品は、こうした単純でありつつ人の心を捕らえることに周到なのだ。一方、日本アニメは複雑化することで発達したアニメーションで、これはまたアメリカのアニメーションと異なる素晴らしさである。

 確かなのは他の文化を見下す行為はあまり生産的なものではなく、今回のように思わぬところで誤解を受けることになりかねない。それは、石原都知事がこの発言をしたとされる東京国際アニメフェアの目的とする日本アニメ産業の育成やアニメの海外への発信の障害にもなりかねない。

ニューヨークタイムズ 
 The Award for Best Satanic Rabbit Goes to ... 

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animeanime23:59 | (0) | (3)
2005.03.09
批評 ]
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 昨年、オタク市場の大きさを2900億円市場と算出して話題を呼んだ野村総合研究所が、自社の広報誌であらためてオタク市場を追求して発表している。この広報誌『未来創発』では、『オタク市場を探るー新たなコンシュマーたちのパワーー』と題してオタク市場の可能性について7ページに亘り巻頭特集を組んでいる。
 
 記事の内容は、『オタク』をビジネスとして捉え直すというものであるが、数字的なものは昨年の調査報告と同様である。むしろ、『オタク』の創造性や『オタク』の定義についての記述が目についた。
 記事の中では、プロダクションIGの石川光久社長やGDHの石川真一郎社長などもコメントを寄稿している。中でも興味深いのはGDHの石川社長が、アニメの『オタク』を濃いオタクが20万人ぐらい、薄いオタクを100万人ぐらいと分類している点である。そのうえで、濃いオタク20万人がオピニオンリーダーであり、それが100万人の世界に広がれば、さらに1000万人の世界に広がって行くと考えている。
 オタクという定義は極めて曖昧で、少なくともこれまでに『オタク』について統一的な定義がされたことはない。しかし、この記事の中でGDHの石川氏の考える『オタク』が定義として正しいかは別としても、オタク市場を濃いオタク20万人、薄いオタクを100万人と捕らえることは、マーケット戦略を考えるうえで非常に合理的である。
 こうした『オタク』をコアな部分と周辺部分と階層的に分けて考えるのは石川氏に限らず、アニメビジネスの関係者の中では共通認識としてあるようだ。例えば、Wowmax Media代表の海部正樹氏は、昨年の東京国際アニメフェア2004のセミナーの中で米国のカッティングエッジのアニメ市場をコアユーザー3万人、ハードユーザー20万人、ライトユーザーを62万人と分類している。カッティングエッジとは日本でいう『オタク』向けのアニメのことであるから、米国の市場でも『オタク』市場には濃淡の異なる層が存在することになる。ちなみに、海部氏の推定を用いればコアユーザーとヘビーユーザーを合わせると23万人、ライトユーザーが62万人と日本のアニメオタク市場とかなり近い数字であることは面白い。
 野村総合研究所のオタク市場予測チームによる研究はさらにまとめられ、本年5月に調査結果として出版される予定である。

野村総合研究所 

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animeanime13:43 | (0) | (0)
2005.01.04
批評 ]
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アニメーション制作技術の転換点

 2004年はアニメ制作技術の大きな節目の年であった。90年代初めから静かに始まったアニメ制作におけるデジタル化の流れの中で幾つかの象徴的な出来事により時代の区切りとなった。ひとつは、『鉄腕アトム Astro Boy』を最後に、長年、日本の商業アニメを支えてきたセルアニメーションの歴史が事実上幕を閉じたことである。
 それまでにアニメ制作現場でのセル画の使用はほとんどなくなっていたとはいえ、CGアニメ時代の到来をあらためて確認させる象徴的な出来事であった。セル画を使用した日本初のテレビシリーズアニメ初作品は約40年前の虫プロ版『鉄腕アトム』あったが、偶然ではあるが最後のセル画アニメも同じタイトルの『鉄腕アトム』であった。

 また、海の向こうではアニメーション映画の雄というべきウォルトディズニー社が2Dアニメーションによる制作を打ち切った。これに伴い、日本の杉並にあったディズニースタジオも閉鎖された。
 日本では、セルアニメ製作手法を受け継ぐ2Dアニメーションは、様々なスタジオによって受け継がれている。しかし、海の向こうではセルアニメーション時代の終焉と伴に、アニメーション制作の主流は、3Dアニメーションに変わりつつある。
 2004年にアメリカで大ヒットしたアニメーション映画『シュレック2』、『Mr.インクレディブル』、『シャークテイル』、『ポーラエクスプレス』はいずれも巨額の資金を投入し、技術力を結集した3Dアニメーションであったことがこれを裏付ける。
 特に、『ポーラエクスプレス』は実在俳優の表情の動きまで再現をさせる技術で注目を集めた。

 今や、2Dアニメーションの伝統は日本アニメの中に生きる場を求めているようだ。こうした意味では、2Dアニメで制作された宮崎駿監督の『ハウルの動く城』が2004年ヴェネチア映画祭で技術貢献賞を受賞したのは象徴的である。
 3Dアニメーションの米国と2Dアニメーションの日本といった世界のアニメ市場での住み分けが今後進む可能性が高い。

 一方、日本でも3Dアニメーションの可能性を模索する動きも確実に進んでいる。『アップルシード』はモーションキャプチャーを効果的に利用した映像を実現して注目を浴びた。また、押井守監督の『イノセンス』は2Dと3Dの見事な融合によって今後の2Dアニメーションの可能性と方向性を示した。
 2005年以降も、原画作業や背景作業などを中心に制作における一層のデジタル化進むと考えられる。そうした状況の中で、そう遠くない将来にきっと現在では想像も出来ないような技術がまた現れ視聴者を驚かせるのだろう。

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animeanime15:26 | (0) | (0)
批評 ]
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コンテンツ系大学院

 2004年は、これまでになく行政がアニメーション産業の振興に乗り出した年であった。アニメやマンガ、ゲームなどこれまでサブカルチャーと考えられていた分野の産業としての可能性が注目された。行政によるコンテンツ産業振興の中でも、目立った施策のひとつが大学院を中心としたコンテンツ関連の人材育成教育であった。経済産業省は自ら育成プログラムの教材作りなどにも積極的に関わった。
 こうした中で東京大学大学院情報学環・学際情報学府におけるコンテンツ創造科学産学連携教育プログラムの設置は、東京大学というネームバリューの大きさとコンテンツビジネスに携わる現場の大物が教壇に立つことや競争倍率の高さ(約2.5倍)で特に注目を浴びた。このコースは主にビジネスプロデューサーの育成に力をいれるとしている。また、日本初の株式会社大学院であるデジタルハリウッド大学院も、コンテンツビジネスの総合的な人材育成を目標に募集を開始している。こちらは、テクノロジーとコンテンツの双方の理解がベースとなり、修了時にはデジタルコンテンツマネジメント修士が与えられる。
 クリーエーター育成の面では、多くの大学がメディアや漫画、アニメーションの人材育成を目的に新学部、学科の増設を打ち出した。とりわけ、東京芸術大学が音楽部、芸術学部に続く第3の学部として映像研究科を大学院に新設はすることは大きな出来事であった。文化の中でのアニメーションを含めた映像の重要性が益々大きくなっているようだ。今年、4月に開講する映画研究科では映画監督北野たけし氏などによる実践的な映画制作が教授される。東京藝術大学では、さらにアニメーション専攻と映像文化研究に主眼をおいたるメディア専攻の新設を予定している。
 今後も、コンテンツ関連の大学での学部、学科、研究科は増加する傾向にある。2004年を境に米国、ヨーロッパ、韓国に較べて遅れているといわれるコンテンツビジネス教育の基盤作りが今後も広がって行きそうである。

東京大学大学院情報学環・学際情報学府 
東京藝術大学大学院映像研究科 
デジタルハリウッド大学院 

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animeanime15:22 | (0) | (0)
2004.12.22
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 編集家・竹熊健太郎氏のブログ“たけくまメモ”で伝説の漫画家手塚治虫の知らざるエピソードが大量に紹介されている。

 手塚伝説(その1)禁断のプライヴェート篇
 手塚伝説(その2)お仕事篇
 手塚伝説(その3)迷走篇 
 手塚伝説(その4)アニメ篇

 ひとつひとつが興味深いエピソードだがやはり気になるのはアニメ篇である。特に24時間アニメ『マリンエクスプレス』の放映中に、その作品の絵コンテ切っていたというのが都市伝説でなくて実話だったのに正直びっくりした。
 しかし、何より興味深かったのは、この記事である。

“虫プロ倒産後も、手塚はマンガで得た収入を惜しげもなくアニメに注ぎ込んだ。理由を聞かれると、「マンガは本妻、アニメは愛人。愛人にはいくら金がかかってもしかたがない」と答えた。”

 手塚治虫のアニメに対する姿勢が伝わって来て面白い。つまり、手塚治虫にとってアニメは仕事ではなく趣味であったというわけだ。アニメをビジネスと考えてなかった。
 不思議なことにこうした手塚の姿勢が現在のTVアニメビジネスの基礎を築いた。手塚はストーリー漫画の世界に革命を与えたことでよく知られているが、アニメの歴史の中でも非常に重要な革命を起こした。『鉄腕アトム』のテレビ放映開始である。しかし、テレビ放映をしたことより重要なのは、TV[放映のために行った技術の変革とビジネスの変革だ。つまり、技術的部分が「リミテッドアニメの導入」であり、ビジネス的な部分は「作品放映権の制作費割れでのテレビ局への売却」と「商標権ビジネス」の導入である。いずれも、なんとかテレビアニメを作りたかった手塚の苦肉の策だと言われている。この手塚がTVアニメにもたらした功罪は広く語られているのでここでは論議しない。
 しかし、この手塚の苦肉の策が、その後広くTVアニメのビジネスに浸透し、いまだ引き継がれている。アニメをビジネスと思わなかった人の考えが、その後のビジネスのスタンダードを生み出したのはなんとも皮肉な話である。
 ただ、確かに言えるのはリミテッドアニメが起こした低予算によるアニメの大量生産が、その後の日本アニメの作品の幅を広げ、その生産量を背景に名作と呼ばれる幾つかのアニメが誕生したことだ。

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animeanime14:35 | (0) | (0)
2004.11.24
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 オタクという言葉を聞いた時に普通はどういったイメージが思い浮かぶだろうか。勿論、人それぞれではあるが、10代、20代の独身男性で自分の趣味に没頭し執着するというのが典型的なイメージでないだろうか。趣味の対象は、アニメ、コミック、アイドル、PC、鉄道、ゲームといった様々な分野に及ぶだろう。
 しかし、ことアニメやコミックの分野に関する限り、こうしたイメージは訂正が必要となっているかもしれない。というのも、ここ数年でアニメ、コミックといった分野では女性ファンの拡大が急激に進んでおり、いまや男性のそれを上回る勢いなのだ。
 先日参加した『キャラクタービジネスの最新事情と海外市場の動向』という講演の中で、現在の少年ジャンプの読者はその雑誌タイトルとは裏腹に女性の読者がかなり占めているという話題があった。その時に、女性のおたく化というキイワードも出てきた。
 そう言われて考えてみると、コミックマーケットといった同人誌イベントでは女性参加者が男性参加者を大きく上回り女性も勢いがある。最近確認した大手アニメ雑誌の特集は、明らかに女性をメインに意識して編集されていた。世間のイメージとは裏腹に、アニメやコミックに情熱を傾けるのは男性より女性のほうが多い可能性がある。少なくとも、男性オタクの分野と言われて来たところで、実は女性ファンのほうが大きな影響力を持っていることは確かだろう。

 しかも、これは日本に限ったことではないようだ。ほんの数年前までは、海外の日本アニメのファンの大多数は男性と思われていた。例えば、テキサス大学のスーザン・ネイピア教授はその著書『現代の日本アニメ』において北米のアニメファンを「アニメの大多数を占めるのは男性(76%~85%)」と述べている。しかし、近年、北米での女性アニメファンの急増が指摘されており、本年、米国で開催されたAnime Expo2004で行った調査では男女比率は6:4であった。
 また、本年1月に東京で行われたアニメエクスポ東京で世界各国のコンベンションオーガナイザーを集めたパネルでは、ヨーロッパでも同様の傾向の報告が相次いでされていた。例えば、イギリスでは男女比率はほぼ5:5に接近しており、今の勢いが続けば数年後には女性の参加者が男性の参加者を抜くなどの発言があった。

 アニメ、コミックから離れても、人気が大爆発した平成仮面ライダーシリーズが子供たちより、むしろその母親層に受けたのがヒットの大きな要因だったことはよく知られた話だ。平成ライダーの出演俳優がシリーズが新しくなるほどアイドル顔にシフトしって行ったのは、マーケティング戦略の一環であろう。考えてみれば、女子学生の男性アイドルに向けられるパワーは、男子学生のオタク的な情熱に通ずるものがある。結局、男女のメンタリティーに大きな差はないため、アニメやコミックといった分野で性別による垣根が壊れて来たことが、女性のオタク化を促しているのかも知れない。
 そうは言っても、それでも男女の性差は存在するらしく、女性に支持されるアニメ作品やコミック作品の流行は男性のそれよりも早いように見える。こうした作品の企画に携わる人達は、これまで以上にファンに歓迎される作品を生み出すために頭を悩ましているかもしれない。

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animeanime12:09 | (0) | (0)
2004.11.12
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 米国で、Xボックス用の人気ゲームソフト『ヘイロー』の続編『ヘイロー2』が記録的な売り上げになっている。わずか、1日で238万ユニット、1億2500万ドル(約131億円)の売上げを記録した。 この売上高は、マイクロソフトの当初の予想1億ドルを遥かに上回り、あらゆるエンターテイメントのソフトの一日の売上高の史上最高記録になった。
 また、この1億2500万ドルという数字は、ハリウッド映画で3日間の興行収入最高記録を持つ『スパイダーマン』の1億1400万ドルを上回りゲームビジネスが劇場映画のビジネスの匹敵し、むしろそれを上回る規模のものであること示したという。

 こうした現在のゲームビジネスの状況というのは、アニメビジネスにとって非常に重要な意味を持っている。今回の『ヘイロー』の記録的な売上げは、そうしたいい例にともいえるだろう。ゲームビジネスが参考になるのは、米国では、アニメ市場とゲーム市場の顧客層が日本以上に重なると言われているからだ。
 では、今回の『ヘイロー2』を買った顧客はどんな人達なのだろうか。北米のゲームの市場を支えているのは成人した一般の人だと言う。

 成人向けのアニメに強いといわれる日本アニメだが、実際は一般向けの市場は日本アニメが米国で攻略出来ていない市場のひとつである。つまり、日本アニメ市場は一般向けの子供向け市場とマニア向けの成人市場が中心であるからだ。実は日本アニメは、成人向けの大衆市場ではほとんど成功を収めていないというより、そもそも米国には今だかつてそのような市場が存在したことがない。
 それはファイナルファンタジーの興行面での歴史的失敗に代表されるし、最近では『イノセンス』があれだけのクオリティーを持ち、評判を取りながら、やはり、マニア向けの市場を打ち破れなかったことでも判る。

 しかし、今回の『ヘイロー2』の成功を見ると、アニメの分野でもこの市場が全く攻略不可能だとは言い切れないように思える。では、何が成功するための鍵かというと正直判らない。米国のゲーム市場でいち早くこの市場に乗り出したエレクト二ック・アーツのゲームソフトが以外に単純で、この成長に乗り遅れた日本企業はむしろより高度なゲーム開発に力を入れていたことは何らかの示唆を与えるかもしれない。

XBOX公式サイト 

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animeanime15:34 | (0) | (0)
2004.07.27
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 テレビで、ファッションデザイナーの川久保玲の特集を観たことがある。川久保玲ことコムデギャルソンは1980年代のカリスマだ。当時、日本人が絶対入りこめないと考えられていたパリを中心とするファッション界で、東洋からの衝撃と呼ばれ一代センセーションを巻き起こした。この番組の趣旨は、川久保玲がいかに世界から評価をされてきたかだが、結論はコムデギャルソンの革新性、異質性にある。
 今までにないもの、従来にはない考え方、方法論である。川久保玲に限らず世界で成功した多くの日本人がこの異質性を持っていた。建築の安藤忠雄しかり、現代音楽の武満徹しかり。
 企業についても同様のことがいえる。トヨタが世界市場で成功したのは、海外のやりかたを取り入れたからではなく、偉大なる田舎企業といわれた経営方法にあったし、ソニーの成功は、品質と価格が全てと思われていた家電市場においてブランド戦略を打ち出すという従来と全く異なる方法を取ったからである。

 アニメもまた、日本が異質であることで世界を揺るがした分野である。近年、世界各地で急速に影響力を与えるようになったアニメは、日本のアニメの製作方法や発想形態が他国のそれと全く違うことに起因している。つまり、アニメーションは単純に創作活動の表現方法の一形態であるという考え方だ。
 アニメ(カートゥーン)は子供向けという欧米の先入観から、日本だけが抜け出すことに成功した。少女向けのアニメ、サラリーマン向けのアニメ、芸術性を重視するアニメ、全て日本でなければありえない。また、日本の悪しき伝統のスポンサー主義も、日本のアニメの可能性を広げた。
 アニメに携わる人達が、その不自由さからどう抜け出すかを思考錯誤したことがアニメの可能性を大きく飛躍させてきたし、また、商業的にペイすれば多少のことは許されるという風潮もあったように思える。

 同様のことがアニメの作画にもいえる。スタイリッシュと呼ばれる日本独特のキャラクターと色使い、海外の人は、アニメの絵それ自体に美しさを発見した。セル画をみてよく思うのは、セル画はそれ自体が絵として大変美しいことである。これは、例えばディズニーやワーナーブラザースのアニメの絵には存在しない。
 海外のアニメは確かに映画としてみる時にはよく動くし、すごいなと思わせるものがあるが、止まった絵を見せられた時に、それを美しいかは正直疑問である。また、海外のアニメはキャラクターの造形の違いはあるにしても、基本的に全て同じ方法論の作画がされ個性が少ない。
 翻って日本アニメを観ると、例えば劇場版マクロスの息を呑むような造形の美しさ、ファイブスター物語の過剰なまでの細かな絵の美しさ、連続して動く集合体を離れ、絵として見ても素晴らしい。

 日本アニメの悪しき伝統リミテッドアニメ(通常のフルアニメより遥かに少ないセル画で絵を動かすアニメ)が、場面1枚1枚の美的な価値を高めたのは、幾分皮肉な話である。でも、幸か不幸か、リミテッドアニメと商業主義が日本のアニメを世界への飛躍に導いた。おそらく、手塚治虫が鉄腕アトムでこの方法を発明しなければ、日本のアニメは、そのアニメ創成期の劇場用フルアニメーションが中心となり、後発組の日本は決して米国を追い抜くことが出来ず、現在のような豊かな日本のアニメ文化は存在しなかったに違いない。
 逆説的ではあるが、手塚治虫は漫画界に多大な貢献をしたのと同様、アニメの世界にも大きな貢献をしているのである。

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