「ジャングル大帝 〜勇気が未来をかえる〜」 谷口悟朗監督インタビュー 1
     

■ 谷口悟朗 (たにぐち ごろう)
アニメーション監督、演出、プロデユーサー。
『プラネテス』、『ガン×ソード』、『コードギアス 反逆のルルーシュ』シリーズなど話題作を数多く手掛ける。現在の日本を代表するアニメーション監督と言っていいだろう。2009年に『ジャングル大帝』の新たなアニメ作品『ジャングル大帝 〜勇気が未来をかえる〜』を監督した。

■『ジャングル大帝 〜勇気が未来をかえる〜』
http://wwwz.fujitv.co.jp/leo/index.html



1965年に日本で初めての長編カラーアニメーションとして誕生した『ジャングル大帝』が、フジテレビ開局50周年・手塚治虫生誕80周年記念の年に12年ぶりの新作『ジャングル大帝 〜勇気が未来をかえる〜』として登場した。

監督には『コードギアス反逆のルルーシュ』などの谷口悟朗氏、キャラクターデザイン原案は「ファイナルファンタジー」シリーズなどの天野喜孝氏。新たなスタッフと豪華キャストで、新しい時代の物語となった 作品は今年3月にはDVDも発売され好評を博している。この新しくなった『ジャングル大帝』について、谷口悟朗監督に伺った。

■ いつもジャンルは変えて行きたい

アニメ!アニメ!
(以下AA)


今回、手塚治虫先生の名作『ジャングル大帝』を新しい作品として監督したのですが、原作、あるいは手塚治虫先生が作ったアニメでどのような体験をしたか教えていただけますか。

谷口悟朗監督
(以下谷口)

原作マンガを知ったのは、連載されていたときではなく、後年ですね。私が中学生になった時、父親が講談社の『手塚治虫漫画全集』を買い始めて、その流れで読んだのが最初になります。
テレビアニメはやっていることは知っていましたが、積極的に見ようと思っていたわけでもありません。他の作品と同じように、放送していたから観ていた、というレベルですね。

『ジャングル大帝』のタイトルは、自分の中では軽いわけでないのだけれど、かといって重すぎるわけでもないというポジションです。
これが、結果的には良かったと思っています。まったく知らないのであれば、勉強する時間が必要だったでしょうし放送には間に合わなかった。といって、好きすぎると、原作を聖典扱いして手が出せなかったでしょうから。

AA
最初に『ジャングル大帝』の話が来た時は、どういったきっかけだったのでしょう。
谷口監督というと『コードギアス』だったり『プラネテス』だったり、エッジの効いた作品というイメージもあります。


谷口
手塚プロとしては、手塚治虫が残したものを愛している従来のファンも大事にしたいけれど、新しいファンも獲得をしたい意思があったと思います。従来の手法を守るところと、変革するところ、その両立のために、私に連絡が来たのだろうと認識をしています。

あと、私は監督作品をやるたびに、できる限りジャンルを変えたいと思っています。結果的にそれが前の作品のファンを、裏切るかもしれませんが、それでも構わないという考えなんです。そこを広げていかないと、先細りになって、だめになると思っているんです。

AA

先細りとはどういったことですか?

谷口
例えば何か作品を作ったとします。その作品にファンがついたとする。うれしいことです。そうすると、次の作品も、そのファンの人たちに向けて作りたくなりますが、同じ作品ではないから、どうしても全てのファンでなく、取りこぼれて少し減りますよね。
でも、その減ったファンは2作連続でその人を応援してくれるほどですから、こちらを崇め奉ります。作るほうもうれしくなるので、またここに向けて作ろうとしたとしますよね。そうすると、さらに狭まります。それでどうなるかというと、仕事がなくなります。
ファンの人たちはいい意味で無責任ですからスタッフの仕事がなくなっても、「何でだろうね、また作ってくださいよ」と言うだけです。
でも、このシビアさは必要なんですね。己を鍛えるためにも。もしかしたら、結果的に同じ傾向の作品になるかもしれない。でも、結果論以前の心の問題として、そこに挑戦しなければいけないと思います。

あと私自身にとって、基本になるフィールドは今でも子供向け作品だと思っています。演出家時代からやってきていますし、自作の合間には、自らをニュートラルに戻すために、他の監督さんの仕事をお手伝いさせていただきますしね。もともと私はそういうのが好きでアニメをやっているんです。
世間は違う解釈をしているのかもしれませんがね。 そうすると『ジャングル大帝』は、あながち外れた発注ではなかったんですよ。



(C)手塚プロダクション/フジテレビ.

■ 今回の『ジャングル大帝レオ』は、オリジナルの再構築

AA


『ジャングル大帝』を観せていただき面白いと思ったのが、物語が実はSFになっていると感じたことです。クローンでしたり、人工島だったりです。原作をSF的に解釈されていると思いました。

谷口
それはむしろ逆だったんです。私は、現代の技術であり得ることを考えて、これはやれるんじゃないかということを選んできました。確かに実際にやろうと思えば、莫大なお金がかかるでしょうけどね。
ただ、現代で動物たちが一杯いて、それなりのコミュニティーが成立している場所を作らねばとした時に、通常の動物園は狭すぎますよね。サファリパークが近いかもしれないけれども、それでもまだ足りない。更に大きい規模にする必要がある。その時に海の上だったらまだ場所がある。メガフロート技術を使って、岩板をプレートにして、山の周辺に配置して、なおかつスターリングエンジンだったら地熱を使えるから・・・。
そういうかたちで組んでいったら、こうなりました。SFありきではなく、結果として、ですね。

AA
そうしたなかで『ジャングル大帝』の枠組みは残しつつ、ドラステックに物語がいまの言葉で言えばリイマジネーション、再構築されています。ドラマを大きく変えることは、意識をされたのですか。

谷口
そうですね。「要するにこれはリフォームです」と言っています。作品の構造であるべき建物の基礎は変えません。敷地面積だとか、建坪を変えるわけではありません。
ただ、この柱がこの時代には合わなくなっているとか、この断熱材は昔のものだから最新の断熱材に変えましょうよと。天井の高さもきついし、これは昔の家だよねという発想ですね。今の時代に、お客さんに対して届けるためには、こうしましょうという考えです。

AA
逆に言うと、天井の高さや間取りが変えられるとすれば、変えられない部分、基礎の部分は、どういう部分だったんでしょうか。

谷口
これは明確です。動物と人間側、もしくは動物同士、人間同士のコミュニケーション不全の問題です。
そして、そこであがいている動物、人間。同時に彼らが寄って立つべき自然や大地は、人々とか動物たちのコミュニケーション不全とは違う絶対的な立場から明確なジャッジを下すということです。

AA
この作品には文明批評的なところがあると思います。それは手塚作品にもあったと思います。
もう少し具体的に言うと、今、エコロジーのブームですけれど、偽りのエコロジーもありますよね、といったところもあるのかもしれません。

谷口
作品を作るにあたってキーワードのひとつとしてまさにエコがあったんです。時代はエコだから、エコを何か入れてくれと。「エコですね。分かりました」と、それをこちらで解釈をして、こうなりました(笑)。

AA
あともうひとつ批評的な部分では、枠の中にいると幸せそうに見えるけど、実はそこに幸せはないんだといった主張もあるのかなと思いました。

谷口
それは入れました。その枠の中での幸せはあると思うんですけれど、何をどうやったとしても枠は枠です。
例えば会社員の場合です。その会社で勤めている限りは、会社から月々給料をもらえるし、社会的保障ももらえるじゃないですか。ただ、同時にそれは会社側の理不尽とも思える命令が下りてきた場合でも、会社員である限りは従わねばならない。それはある種の決められた枠の中での幸せだと思うんです。その理不尽な要求に対して、どうしても応えられないと思ったら、それは会社を辞めるしかないわけです。分かりやすく置き換えるとそうした話です。

■ 島から出て行くレオに明日はあるのか?

AA


物語はハッピーエンドに終わっていますが、やはり気になるのは、レオ達が出ていった先にに緑はあるのかということです。

谷口
緑?理想郷的な? ないです。あったら怒りますよ。

AA
それは監督として、そこにある厳しい現実と戦うべきだといった主張があるのですか。

谷口

いや、そんなにきついものでも何でもなくて、それは当たり前だよねという感覚です。その先には厳しいものがあるかもしれないけど、それは当たり前だよねと、それは私と鈴木さん(脚本鈴木おさむさん)の共通認識ですから。世の中に出て何かを開拓をしていくのは、つまりそういうことだと思うんです。それによって、初めて何かを掴めたり、構築できる部分があると思います。

レオたちも背負うのを決意したからこそ、明日はあります。ただご飯がないかもしれない、もしかしたら1週間で終わっちゃう明日かもしれないです。でもその1週間の明日というのは、立派な明日だよねということです。



(C)手塚プロダクション/フジテレビ.

AA
それに少し関連しますが、レオのお父さんパンジャの立場は、どうでしょうか。

谷口
ここは原作と大きく違うんです。今回は悲哀の中間管理職ですよ。時任(三郎)さんがすごくいい感じでやってくださり、よかったなと思いました。
パンジャは、何か言いたいことはあるんだけれども、強くなれない。口下手で、何かがあると口ごもるから実の子供もいまいち理解できない。そういう上司って、会社にいるじゃないですか。完全にそのポジションです。ですから理想の力強い上司ではないですね。

AA
作品の中では賢一のお父さんもある意味で少し欠けた人でした。また、父親と子供の対立というのは手塚作品の中でもよく取り上げられたテーマですが。

谷口

それは基礎的なものとして人が持っている何かだと思うんですよ。父親と無条件に仲がいい男の子というのは、私の中では嘘臭いですね。
手塚さんの作品というのは、そういった父性なるものをどうやって乗り越えていくのかというところにもあると思います。手塚さんは、作品によって、限りなく男臭い主張を入れる時があるじゃないですか。父性は乗り越えるもの、母性は受け入れるもの、と。

AA
分かりやすいですね。

谷口
それがたぶん手塚治虫という人が持っている、ある種、普遍的なるものなのだろうと思います。芸能の世界でも「父と子」は昔からあるテーマではありますが、それは私にとっても良く理解できるし、大事なテーマなんです。とすると、そこに共通項があるんですよね。

■その2に続く 今回の『ジャングル大帝』はアニメファンを自認するなら買うべき


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