| ■ 葉蔵と出会った女性たち |
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アニメアニメ
(以下AA)
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話の組み方も原作と違います。過去の話は全部フラッシュバックとなり、恒子とのエピソードからいきなり始まっていますが、この意図はどういうものですか?
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浅香守生監督
(以下浅香)
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今回は4話で構成しければいけないので、頭から順に幼少期から描いていくと、印象が弱くなるし時間的にもちょっと足りません。
であれば、現在の出来上がっている葉蔵のどうしようもない状態からスタートして話をつないでいった方が、より効果的なんじゃないかと。
描くのは葉蔵の内面や世間、女とのかかわり方なので、葉蔵と世間、葉蔵と3人の女という構成できます。4話の中にうまく印象的な女性が出てきて、葉蔵と絡んでいくというところを軸に、途中、過去が入ってくるかたちです。
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AA
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作品は葉蔵の視点からなのですが、登場する女性たちはどうでしょうか。彼女たちは、傍から見ると非常に不幸に見えます。
けれども、振り返ってみると彼女たちは彼女たちで、それなりに満足して幸せなのかなという気がしないでもないのです。女性の描き方というのは、どういうふうに考えらましたか?
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浅香
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それはその通りだと思います。まず恒子。最初に出会って心中して死んでしまう女性です。だんなが収監されていて、バーで働いてかなり辛いところに葉蔵が現れて、ちょっと潤って葉蔵と一緒に死ぬ覚悟をする。
恒子から見ると、たぶん葉蔵は同じタイプの人間で、共感して、肌を合わせると同じ空気があって、とても幸せな時間を過ごした。だから、もう死んでもいいと思った。人生はすごく短くなりましたが、幸せな時間はありました。これを幸せと言っていいか分からないですけど、満足できる死に方をしたと描いています。
志津子はだんながもう死んでいて、女性が生きにくい時代で頑張って、肩ひじを張って生きている女性です。撮影の時に志津子を表現する言い方として、いつも「乾いた女」と言っていたんです。けれどそこに葉蔵が現れてすがるところが出来ました。結局はいなくなりますが、志津子にとっては一番大切なのは子供だと思います。葉蔵がいなくなっても、ゼロではないと思うんです。一瞬、葉蔵が通り過ぎたところで、幸せがあった。
葉蔵がいる瞬間は、それぞれの女性にとって不幸ではないんです。マダムや美子も同じだと思うんです。
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AA
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瞬間、瞬間に潤いを与えられることを出来るのが、葉蔵がひどい男でももててしまうところなんでしょうか。
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浅香
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女性の意見は、たぶん違うと思います。その辺はちょっと計り知れないですね。
作品を見た何人かの女性と話をする中で、美子を口説くプロポーズのところは、ぐっときたという人がいます。唯一、葉蔵が美子に対してのみ仮面をかぶらないで内面をさらけ出す。ああいうところが葉蔵が登場キャラクターの女性たちの心を、引きつけるところなのかなと考えて、作ってみました。
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AA
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美子のエピソードだけ和らいでいます。ほっとしながら見つつも、いや、これは違うと思っていて、やはり急展開して、ああ、やっぱりこうかみたいな感じです。
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浅香
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そうですね。結局、美子との幸せを手に入れていても、それは精いっぱい水中でもがいているということなんです。表面上は幸せに見えるけど、葉蔵は自分を切り売りして、美子との幸せを手に入れただけという風な描き方をしています。
マンガを描いている葉蔵が、いつの間にかオバケになっているのは、それを表現しています。幸せに見えても、実は全然幸せではない。
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AA
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原作以上に、葉蔵の幻影の中にあるオバケの存在が拡大されていますが、あれはどこから出て来たものなのなのですか?
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浅香
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今回の主眼は、葉蔵の内面表現です。葉蔵の内面とか、思考を描き切ることが重要なところだったので、その象徴としてオバケが存在するんです。
ところが描いていくうちにだんだんオバケの面白さというか、オバケを描いていて面白いというのが、出たのかもしれないですね。シナリオ段階で計画していたより、少し多めに出ているところはあります。
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AA
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原作はわりと淡々としているのですが、アニメではかなりメリハリがついていると思いました。そこが現代的なことなのかなとも思えました。
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浅香
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『人間失格』は、文体的に少しだらっとしているように読める向きはあると思います。その辺をそのままアニメにする気は全くなかったんです。
映像と文章の違いはありますが、そのままアニメーションにするというかたちになってしまうのは嫌でした。いろいろな作品で太宰っぽいというか、文学的な描き方をしているアニメはあると思うのですが、それと同じにすることが太宰をアニメ化することとは違うと思っていました。
作品の運びには別に不満ではなかったのですが、より見やすくしようというところと、自分なりに『人間失格』をやるならこうだというとことです。構成や色、セリフの言い方が現代的と言っていいのかは分からないですが、変わっているところだとは思います。
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AA
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それを太宰作品と言われなければ、もう十分、現代の映画だと見えました。
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浅香
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その辺も含めて今回の企画意図だと思います。小畑さんの装丁で、新しく出た古い文学と同じで、現代の監督が古い文学を映像化する、同じだと思います。
青い文学シリーズは、おそらく全部そうだと思います。各監督が頭をひねっているのはその辺じゃないでしょうか。
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AA
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青い文学はオムニパスで、作品ごとに監督、制作プロデューサーを替えています。ぜひ聞きたいなと思ったのですが、皆さん、ライバル意識はあるのですか。
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浅香
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それはあるのじゃないですか。ただ、みんな意識はすると思いますけど、やっている最中は、自分の作品しか見えていないので、突っ走っています。やる前はほかの監督は何をやるんだろうと気にはなります。見てしまうと影響されるのも怖いし、ほかでやっているのであれば道がふさがれて、出来ないと嫌だなとか思います。
荒木(哲郎監督)とは少し話しました。たぶん他の監督さんが重くやるだろうから、すごく明るい色調にしてやれと考えていたと聞きました。
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AA
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最後に、今度ディレクターズカット版として映画になりました。映画になって何が変わったというのはありますか。
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浅香
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尺オーバーで泣く泣く切ったところが復活したり、4つをつなげる際の乗り変わりで一工夫があったりします。
映画化というよりも、何か違う作品を作りたいというのがあったんです。今のアニメーションの仕事、商業アニメの中でなかなかこういう企画はないですよね。こうしたアニメが出来るのはすごくラッキーですね。
どうしてもキャラクターの魅力で突っ走らなければいけないアニメが多いので、こうした雰囲気や空気感で勝負が出来るアニメに巡り会えるのは機会が少ないですから。今のよくある仕事とは少し違うものになったのかもしれないです。
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AA
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これから作品を観る方に、特にここが違うというのがありましたらお願いして宜しいですか。
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浅香
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絵づくりにはかなり気を使って、印象的な絵を作ることを頭に置いています。僕が一番気に入っているのは、雪のシーンの中の赤い傘の部分です。ちょっとハッとするような絵になっているかと思います。
それと、音楽です。今回音楽は企画意図をまず説明して作ってもらったんですが、古い作品ですけど、古い昭和の音楽にしないでほしいとお願いしました。
テクノっぽくてもいいくらい、だんだん壊れていくような音楽にして欲しいと話して作ってもらいました。少し目線が違って見える古い音楽を、見つけていただければ、面白い見方ができるんじゃないかと思います。
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AA
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本日はどうもありがとうございました。
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