「それって思い込みってことじゃない?」「そう。僕は『言の葉の庭』って、道に迷った二人が美しい誤解でちょっとの間だけ、支えられる、って話だと思ってるの」「つまり『言の葉の庭』はラブストーリーではない、と」「うん。どちらかというと、お互いに雨宿りしているようなものだよね。それはラブとはちょっと違うんじゃないかなぁ」僕もNに説明しているうちに、だんだん自分の中で作品がクリアになってきた。「ああ、そうか!」「どうしたのよ」「結局、孝雄の靴を百香里が履かないのが、ずっと気になっていたんだけど、履いてしまうと、それはラブストーリーとして完結してしまうからなんじゃないかなぁ。それならいろいろつじつまが合うよなぁ。そうやって考えると、そもそも新海作品って、コミュニケーションに見えたディスコミ……」そうやって僕が一人合点をしているのを見ていたNは、ずっと考え込んでいるようだった。「どうしたの?」「うーん、『助けて』っていえない人の気持ちを考えていたの。私は、そういう感覚が全然なかったから」「それで? わかった?」「理屈ではわかるんだけどね……」そうして一旦、口をつぐんだNは、思い切ったように言った。「そうやって説明されると、なんだか私が好きだった、微妙にイタい百香里がいなくなっちゃうようで、ちょっとさびしいなとは思うかな」僕は黙ってそれを聞いていた。「不器用で『助けて』がうまくいえない百香里と解釈するより、アル中で思わせぶりに和歌を口走ってしまう百香里と解釈したほうが、私がこの世の中にいられる余地が広くなる。そういう感じがするのよね~」なんだか急に真面目になった風向きに、僕はいささか驚きながら「……それはひとそれぞれでいいんじゃないかな」とだけ言った。Nは僕のその言葉を聞いたのか聞かないのか、「まあ、こんなこと言うだけで十分イタいわけだけれどさ。ははは」と笑って僕の肩をたたくと、さっさと去っていったのだった。イラスト/ KEI-CO
庵野秀明監督はなぜ「シン・エヴァ」で“絵コンテ”をきらなかったのか?【藤津亮太のアニメの門V 第69回】 2021.4.2 Fri 18:15 アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第69回目は、庵…