藤津亮太の恋するアニメ 第19回 万葉の引用(前編)作・藤津亮太「『言の葉の庭』って見た?」とNが聞いてきた。なにかを言いたくてしょうがない様子だ。「劇場で見てるよ。新海誠監督らしい叙情的な作品だったよねぇ。美術と撮影へのこだわわりがさすがという感じだった」Nの感想はいつも予想の斜め上をいくから、、出鼻をくじくつもりで僕の第一印象をポンと投げ出して見た。すると、Nは眉間にしわを寄せた一筋縄でいかない表情を浮かべて、「うーん、叙情的ねぇ。言いたいこともわかるんだけどねぇ。それでもねぇ」と奥歯にものが挟まったような言い方をする。「じゃあ、Nはどう思ったの?」と聞くと、Nは困ったような顔をして「ヤバかった。うん、一言でいうなら、ヤバかった。そうね、それが一番正確かも」……正確とか言ってるけど、何かを言っているようで何も言ってない。「なにがどうヤバかったの?」「なんていうのかな……全体としてはファンタジックで甘い雰囲気なのに、なんかリアルなのよ。特にヒロインがね」『言の葉の庭』は、靴職人を目指す高校1年生の秋月孝雄と、雨の日の公園で出会った謎めいた女性・雪野百香里の物語。雪野はチョコレート片手にビールを飲んでおり、世間からドロップアウトしてしまった雰囲気を漂わせている。雨の日の午前中にいつも学校をサボっていた孝雄は、公園で雪野に会うことを心待ちにするようになる。梅雨に濡れた木々の葉がとても緻密に描かれ、その照り返しで登場人物を緑色に染めているのが、とても印象的だ。だがNが「リアル」と言いたいのは、この画面作りのことではないらしい。「ヒロインの百香里って、午前中から、アルコール持ち込み禁止の公園内でビールを飲んでいるじゃない。あれってアル中の行動っぽいのよね。ドキっとするじゃない」「アル中?」「そう、アル中。普通の人なら働いている午前中から飲んでるっていうのもそうだし、それが習慣化して毎日決った時間に決った量だけ飲んでるようでしょう? しかも、いつでも飲めるように用意している雰囲気もある。これってアル中の症状なのよね」「ふむ」
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