「里中満智子xパコ・ロカ 日西マンガ家対談」 セルバンテス文化センター東京 | アニメ!アニメ!

「里中満智子xパコ・ロカ 日西マンガ家対談」 セルバンテス文化センター東京

9月1日、スペインの文化普及を目的とする「セルバンテス文化センター東京」において、マンガ家里中満智子氏とスペインのクリエーター、パコ・ロカ氏が対談を行った。

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椎名ゆかり

9月1日、スペインの文化普及を目的とする「セルバンテス文化センター東京」において、マンガ家里中満智子氏とスペインのクリエーター、パコ・ロカ氏が対談を行った。
これは「ともに育む文化:スペインx日本クリエーターの対話」というシンポジウムの中の「コミック・マンガ」対談で実現したもので、他には建築家の隈研吾氏や文学者の大江健三郎氏がそれぞれ「建築」「文学」で参加するなど、日西双方からそうそうたる顔ぶれのクリエーターがシンポジウムに集合した。
少女マンガ家であるとともに文化人として知られる里中満智子氏のスペイン側の対談相手、パコ・ロカ氏はスペインのみならずヨーロッパ全域で活躍するマルチクリエーター。中でもコミックではその才能が特に評価され、2007年にフランスで発表した『Arrugus(皺)』では数々の賞を受賞している。

まず司会者からふたりが紹介され、マンガ/コミックスが日西両国の文化の中で重要な地位を占めつつある現状について簡単な説明があった。そしてまず里中氏が日本でのマンガの文化的、社会的地位の向上について語った。
12歳の里中氏がマンガ家を目指した頃、マンガは子供に悪影響を与えるものとして社会から迫害される傾向にあり、マンガ家も決して裕福になれる職業ではなかった。しかし里中氏はマンガも映画のようにその社会的地位を上げていくと信じていたと言う。更に当時からマンガでは作者の性別に関係無く面白いマンガが受け入れられていて、女性作家に対する偏見や差別が少ないように見えたのも、里中氏がマンガ家を目指した理由のひとつであった。
そして手塚治虫という存在によって日本のマンガは大きく発展する。里中氏によると、子供に向けた複雑なストーリー、斬新なコマ割り、深いテーマなど手塚の果たした功績は大きく、おかげで現在マンガではどんなテーマもストーリーも描くことができるようになった。
更に、里中氏は「乱暴な言い方をすれば」と前置きしながら、日本のマンガは脚本、ストーリー、絵のどれもが抜群に優れていなくとも、魅力的な作品になり得ることを指摘する。それに加えてひとりで作ることのできる表現形式であるため、日本では映画や芝居に行くはずだった才能がマンガに惹きつけられたのではないか、との仮説も述べた。

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ロカ氏によると、ヨーロッパではコミックスは西洋絵画に源があると考えられ、その文脈で判断されるために日本のマンガに比べて絵が重要であり、アーティストは絵でその技量を示すべきだと考えられている、ということだ。
ただしスペインでもコミックスのストーリーは単純だと思われがちで、子供がきちんとした文学を味わうようになるまでの移行期に読むものだと考えられていた。ベルギーの作家によるコミックス『タンタン』やフランスの『アステリックス』もあったが、善悪の戦いを描く作品が特に人気があった。しかしフランス産の大人向けのコミックスの人気が出てから状況が変化する。
そして80年代に日本のマンガが入ってきて、スペインのコミックスのストーリー作りに影響を与えた。ページ数をたくさん使ってストーリーを語る方法が受け入れられるようになり、そのおかげでコミックスで出来ることの自由度が増え、以前より複雑なテーマやストーリーを語れるようになった。
更にロカ氏は里中氏が女性マンガ家でありマンガには女性向けのジャンルがある一方、ヨーロッパでは状況が異なり最近までコミックスの世界は男性しかいなかった、と述べた。描く側も読む側も男性で、テーマ・ストーリーともに男性の好みに合わせて作られることが多かったが、最近は女性作家、女性読者ともに増えている傾向にあるようだ。

ヨーロッパのコミックへの日本マンガの影響についてロカ氏が語ったことを受けて、今回のシンポジウムの「ともに育む」というテーマに沿って両氏の話は進んだ。
里中氏は残念ながらスペインのコミックス・マンガ事情には詳しくないということだったが、建築、絵画などからは感性の形成で大きな影響を受けた、とのこと。例えば、スペインのベラスケスやゴヤが同じ人物を描いているが、その絵から受ける印象がまったく違うことに感銘を受け、里中氏は絵を描く仕事とは何かを学んだと言う。そして文化とは一分野だけで語り得るものではなく、様々な分野の様々な作品の美意識の交流があって感性が作られ、その結果今の日本のマンガがあるとの考えを語った。

ロカ氏も里中氏の発言に同意し、19世紀の印象派に始まり、黒澤明のハリウッド映画への影響、谷口ジローのヨーロッパのコミックスへの影響などのように、相互影響があって文化が発展してきた点を指摘した。
この後、司会者が里中氏に日本のデジタルコミックについて質問し、里中氏が今後デジタルコミック用マンガの描き方が発展する可能性を述べたが、時間切れとなり対談はここで終了となった。

全体として興味深い対談であったが、他のプログラムとの関係上仕方ないとは言え、40分という対談時間はかなり短く感じられた。日本ではなかなか話を聞くことがないスペインのクリエーターとして、ロカ氏から作品製作や作品の受容について踏み込んだ話を聞けなかったのは残念だった。
冒頭で挙げたロカ氏の『Arrugas(皺)』は「老い」を正面から扱って高く評価を受けた作品であり、登場人物のアルツハイマーの症状の描写はコミックスならではの迫力がある。国境を越えて共感できるそのテーマ性を考えると、日本でも是非出版されて欲しい作品だ。このシンポジウムがそのきっかけになることを願って止まない。

セルバンテス文化センター東京 /http://tokio.cervantes.es/jp/
パコ・ロカ 公式サイト(スペイン語) /http://www.pacoroca.com/

[筆者の紹介]
椎名ゆかり
  海外マンガを主に扱う出版エージェント。翻訳者。
アメリカの大学院で3年間ポピュラー・カルチャーについて学び、帰国後アニメ、マンガ関連の仕事で翻訳者となる。3年前から個人でマンガを専門とする出版エージェント業を開始。
主なクライアントは講談社『モーニング』で連載を持つフェリーぺ・スミス。翻訳書はアメリカのマンガ『メガトーキョー』他。北米アニメ・マンガ関連の記事も書く。
ブログ:「英語で!アニメ・マンガ」 /http://d.hatena.ne.jp/ceena/
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