世界同時展開時代のアニメビジネス その課題と未来 -1- | アニメ!アニメ!

世界同時展開時代のアニメビジネス その課題と未来 -1-

数土直志

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数土直志

【はじまったアニメの世界同時展開】
 この4月、2009年に最も期待のかかるアニメ作品のひとつである『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCAMIST』が、世界で一斉リリースを行なうことが話題を呼んでいる。アジア地域ではテレビ放映、北米、フランス、オーストラリアでインターネット配信を使い、日本の放映から1週間以内で、各国で合法的に番組を鑑賞出来る。
 アニメ作品の海外同時リリースは、昨年来徐々に始まっており、これまでにもいくつか例がある。それでも今回の試みは、世界4大陸にまたがっていること、そしてスーパータイトル『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCAMIST』で行なうことで、これまでにない驚きを人々に与える。2009年に始まったアニメビジネスの世界展開が大きな変化を迎えたことを象徴するような出来事になっている。

 こうした変化は、『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCAMIST』に限ったものではない。2009年1月にはクランチロール(Crunchyroll)がテレビ東京と提携して、大型作品『NARUTO -ナルト- 疾風伝』を北米で、日本の放映から1時間後に配信を始めやはり大きな驚きを与えた。
 バンダイナムコグループは、同じ1月からテレビアニメ『黒神』を時差24時間以内で日本、韓国、米国で同時放映することに成功している。さらに、現在は、インターネットを通じて世界10ヶ国語によるアニメ作品の動画配信の実現に動き出している。

 2009年、まさに、日本のアニメは世界同時リリース、同時展開時代に突入したようだ。数年前までは全く不可能とされてきたこうした同時展開を実現させた一番の原動力は、インターネット上に氾濫する違法コンテンツ対策である。
 インターネットに違法にアップロードされたアニメ作品が、海外の日本アニメのDVD事業、そして放送事業を大きく阻害しているという考えは、すでに業界の共通認識になっている。
 つまり、違法コンテンツがインターネットにアップされるより早く、合法コンテンツを放映、配信することで、違法コンテンツのアップロードを牽制する目的がある。

 この日本と時差のない展開、同時展開は、海外のアニメファン、そしてアニメ関連企業、メディアから、近年、今後、日本のアニメが世界でビジネスをするに必要と特に強く主張されてきた。
 海外のファンがそれを望んでいる、日本企業がそのサービス提供しないから、違法配信が広がるというわけである。そして今年に入ってからの各企業の動きは、これに呼応したものである。

【日本アニメが手に入れた独自の仕組み】
 しかし、よく考えれば、海外からのこうした主張には、正当性はあまりない。言うまでもなく、グロバール時代になってさえ、いまなお世界の映像コンテンツのほとんどは、時差を伴ってリリースされる。
 『24』や『名探偵ポアロ』が米国やイギリスと同時に放映されるべきと主張する日本人はいないだろう。また、カートゥーンネットワークやニコロデオンのアニメーションが、北米の放映より何ヶ月も、時には何年も遅れることを不当だと主張する国は、日本を含めて聞いたことがない。米国での海外映画の上映は、多くの場合、本国でヒットした実績が出た後である。

 それでも違法配信の原因が、まさに内外のリリースの時差にあることは間違いない。違法配信を法的な力で止める術を持たない日本の権利保有者は、自らの権利を守るために同時配信に乗り出すしかない。
 同時配信が違法コンテンツを減らしているとの指摘は多い。しかし、違法コンテンツの根絶は出来ていない。違法コンテンツの根絶には、海外のアニメファンの映像コンテンツに対するモラルの崩壊という別の問題を解決する必要がある。

 しかし、当初の保守的な動機とは別に、日本のアニメが現在獲得しつつある映像コンテンツの世界同時配信というインフラは、今後の日本アニメの海外展開における大きなアドバンテージになる可能性を秘めている。世界4大陸同時リリース、世界10ヶ国語リリースといった離れ業は、現在日本のアニメのみが可能にしているからだ。
 世界のどの国のメディア産業もが実現することのなかった映像作品の流通インフラ、世界で最も先進的なシステムを日本のアニメ業界はいま手に入れつつある。

【日本アニメにとってのインターネットの意味】
 世界同時展開の別の側面は、日本アニメの流通手段の拡大である。現在、日本のアニメが特に北米市場で抱える問題は、作品の流通である。テレビアニメであればテレビ放映枠がなかなか取れないこと、劇場公開では全国規模の配給が実現出来ないことだ。
 これには、日本のアニメが大衆的にアピールする力が弱いためとされることもある。しかし、実際にはその主張が本当かどうか、大衆向けの訴求力があるかどうかを確かめる術もないほどに、日本のアニメは大衆に届きにくく、極端に流通手段が限られている。

 流通が制限されている理由は、テレビ、劇場といった主要メディアのほとんどが、ハリウッドメジャーをはじめとする大手のメディアコングロマリットの傘下にあるためだ。
 自らも映画会社、番組制作会社をグループに抱えるそうしたメディアは、他の企業が製作した作品よりも自社グループのコンテンツを優先的に放映する傾向がある。他の企業製作のコンテンツ、例えば放映権だけを外部から買ってくるテレビ番組は、近年ますますテレビ放映にかかりにくくなっている。

 そうしたなかインターネットは、新しいメディアだけに、こうした既存のメディアコングロマリットの影響力が低い分野だ。ネットの検索ワードランキング、違法配信のダウンロードランキング、人気サイトのアクセス量など、日本のアニメの存在感が、実際の世界よりもインターネットの世界で強調されるのは偶然ではない。現実世界とインターネットの世界で、日本アニメの人気は非対称に存在する。
 合法、違法を問わずグロバールにみれば、インターネット上では日本のアニメは非常に強力なコンテンツである。だからこそインターネットを利用することで、日本のアニメは従来よりも大きく飛躍するチャンスを持っている。インターネットを中心としたワールドワイドな配信システムは、そうした可能性を強化するだろう。

/後半に続く
《animeanime》
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