手塚アニメを再考する『アニメ作家としての手塚治虫』 | アニメ!アニメ!

手塚アニメを再考する『アニメ作家としての手塚治虫』

レビュー 書評

 今年4月にNTT出版より発売された『アニメ作家としての手塚治虫 その軌跡と本質』(津堅信之著)は画期的な本である。
 ひとつは著者津堅信之氏が述べるように、これまでマンガ家手塚治虫に対する研究は数多くあったが、アニメ作家手塚治虫の研究はほとんどなされていないためである。それゆえに、この本はマンガ家手塚治虫に匹敵するアニメ作家手塚治虫を正面から取り上げたことに大きな価値がある。

 しかし、この本の意義の大きさはそれだけではない。アニメ作家としての手塚治虫を取り上げるなかで、これまで通説とされていた数多くの事実に疑問を投げかけていることだ。
 それは単なる思いつきではなく、調査と資料に裏付けられた結果である。

 例えば、手塚治虫はディズニーのようなアニメーションを作りたかったとされることが多い。これに対して津堅氏は、多くの発言や手塚の行動から、手塚治虫はディズニーアニメーションのようなアニメーションを作れるとは考えておらず、一貫して実験アニメーションや個人作家の作品に惹かれていた可能性を主張する。
 それはひとつの可能性に過ぎないかもしれないが、津堅氏の論旨には説得力がある。何より重要なのは、これまで議論がなかったことについて別の可能性を提示したことである。

 さらに個別に注目したいのは、日本初の本格的テレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』を巡るトピックである。これまで手塚治虫は1話あたり50万円から60万円とされる常識を超えた低価格で、『鉄腕アトム』の制作を引き受けたとされている。
 その結果として、採算割れのテレビアニメ制作受注やアニメのクオリティの低下、不足分を補うための商品ライセンスビジネスが始まったとされる。こうした結果については、賛否両論で、手塚治虫はしばしば厳しい批判にさらされることもある。

 しかし本の中で津堅氏は、そもそも55万円という格安受注は存在しなかったことを明らかにしている。極端に格安な受注が実際は存在しなかったのに、なぜそれが定説となったかは詳しくは本書を読んでもらいたい。
 ここではこれが手塚治虫の複雑な性格と思惑に由来することだけを述べたい。そして、個人的にはそうした間違った定説がまかり通ってしまったことに、やはり手塚に責任があると思っている。

 それでも当時の虫プロの給与体系や経営内容を例にとり、虫プロが現在のアニメーターの低賃金を引き起こしたとすることや、虫プロが導入したリミテッドアニメが日本のアニメのクオリティを落としたとすることに対する疑問は非常に説得力がある。
 少なくとも一部で考えられている、現在の日本アニメの悪い部分は全て手塚の責任という極端な意見は退けなければならない。

 この本を手に取る多くの読者は、これまでどれほど自分たちがアニメ作家としての手塚治虫について知らないことが多かったかを知るに違いない。
 そして、もう少し手塚アニメについて研究する必要があることを感じるだろう。それこそが、著者津堅信之氏の狙いであり、それは見事に成功している。

アニメ作家としての手塚治虫―その軌跡と本質
著者: 津堅信之
エヌティティ出版
《animeanime》
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