『すべての映画はアニメになる』押井守

レビュー 書評

 『すべての映画はアニメになる』は、過去20年間に渡ってアニメ雑誌『アニメ-ジュ』に掲載された押井守氏の文章、対談、インタビューをまとめたものである。20年に及ぶ期間、様々な作品と対談者ではあるが意外なほどまとまりがあるのは、押井守氏本人が掲載記事をセレクトしたためかもしれない。全体が押井氏の一貫としたアニメとは何か、映像とは何かといった意見表明の場として機能しているからだ。
 そして、その中のひとつが表題にもなっている『すべての映画はアニメになる』、2001年に映画『アヴァロン Avalon』を語った押井氏のインタビューである。押井氏はこの中で、アニメーションは根拠のない映像だと思われているが、実写もまた根拠なき映像である、実写もアニメも実は同じでないかと述べている。昔は、アニメーションを映画にしようと思っていたが、映画がアニメなのだという押井氏の考えは、現在のあらゆる映画に使われるCG技法の氾濫を目にすると説得力を持って伝ってくる。

 最近、私自身は世界的に強いと言われている日本のアニメの将来について考えることが多い。ジブリ作品や『イノセンス』あるいは『カウボーイビバップ』といった作品は、ある意味アニメの極みに達しているのでないか、少なくともドラマ(物語)を中心としたアニメは他国を寄せつけない位置にいる。しかし、この状態が今後も続くのだろうか。
 『マトリクス』や『ハリーポッター』といったSFやファンタジーを超えて映像のCG化は急速に進んでいる。一方で、アニメーションもまた急激に3Dの方向に動き2Dの世界では持つことの出来なかったリアリティーを獲得している。
 押井氏は俳優も素材だと思ってきた、映画はあくまでも監督、音楽、編集、美術といったスタッフが作るものであると語る。つまり、これは俳優とは監督の頭にある虚構の存在だということだ。そうであれば、俳優はそもそも虚構の中から生まれて来たアニメのキャラクターと同列上にある。既に、実写とアニメの境界は消え始めている。
 日本アニメは世界で唯一アニメーションの中にドラマ(物語)を意識することで成り立った文化である。それゆえに産業として拡大し、世界文化にすら影響を与える力を獲得した。それでは、元来物語である実写とアニメが完全に融合した時に日本アニメの競争優位性は消えるのでないだろうか。

 上記インタビュー以外にも、過去20年間を超える押井氏のその時々の言葉は、どれも密度が濃い。そして、色々なことを読み手に感じさせる。押井氏の映像作品が観るものを深い思考の世界に誘うのと同じように、彼の言葉もまた読み手を思考の迷宮に導く強い力を持っている。

『全ての映画はアニメになる』 押井守著 徳間書店 2100円(税込み)
/すべての映画はアニメになる[...アニメージュ叢書

/徳間書店(アニメージュ) 
《animeanime》

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