SFアニメ:プラネテス

レビュー アニメ

 20年以上前に、『機動戦士ガンダム』がSFかどうかで論争になったことがある。今となれば、作品が面白ければどっちでもいい話であった。しかし、当時は真剣かつ重要なトピックとされていた。ただ、確実にいえるのは、『機動戦士ガンダム』の監督富野由悠季監督(当時富野良幸監督)の作品展開や、ガンダムシリーズの展開に代表されるように、その後、いわゆるSFアニメは非SF的な方向に進んでいったことだ。

 なぜ、こんな古いSFアニメ論争を思い出したかといえば、先日、『プラネテス』を観ていたら、これはひょとしたらSFアニメなのかもしれないと思ったからだ。何を今更、そもそもSFだろうと言われそうだが、先の『ガンダム』でないが、本当の意味の狭い意味でのSFアニメは40年以上にも及ぶ日本アニメの歴史の中でほとんど存在しなかった。
 それは、日本のSFアニメが、自らSFであろうと考えたことがなかったからだ。例えば、宇宙戦艦や異次元空間、ロボットといったSF的な要素は日本アニメの中では日常的に氾濫しているが、それはあくまでも物語の雰囲気を作るための道具に過ぎない。科学的な説得力はほとんど重視されていない。極端な話、そちらのほうが絵になるからという理由で蒸気機関車や戦艦大和が宇宙を飛ぶのが日本のアニメの本質だ。あくまで、ストーリーが一番、多少強引な設定もそういう世界観なのだから納得しろというわけだ。

 たぶん、僕の理解では本来のSFは科学技術を扱ったうえでの説得力である。つまり、現在の科学を越えたところで、どこまで説得力のある世界を構築出来るかだ。だから、名作になるためには優れた物語が必要だが、中心はあくまでもリアルさ感じさせる科学や技術の設定とその説得力こそがSFだ。

 当初、『プラネテス』については凄くいい、面白いという話をかなり聞いていた。この作品を地上波で観られると判った時、とても楽しみにしていた。ところがいざ観てみると、実はそんなに楽しめなかった。悪くはないし、話の運びもうまい、キャラクターの味付けもいい、でも、そんなに絶賛するほどなのかと疑問に思った。
 話は今から70年後、宇宙ステーションや月面基地を造り人類が宇宙に進出した頃、宇宙開発の際に発生した宇宙空間に浮かぶゴミ(デブリ)を回収する仕事に携わる人々の日常だ。事件は起きるが大事件ではなく、ストーリーは比較的淡々と進む。むしろ、さりげない日常の描写にこそ力が入れられている。正直物足らなさがあった。

 ところが、「これは、SFアニメなんだ。」ある時、TVを観ながら不意に気づいた。そう思った瞬間、全ての間違いに気づいた。この作品の見方は違うのだ。『プラネテス』の味わいはリアルなストーリーであり、あの日常感であり、さりがなさだ。
 夢物語でなく、いつか訪れるかもしれない未来。むしろ、様々なSF要素を駆使しながら、違和感なく入り込める日常。あれだけの設定を使いながら、作り物を感じさせないこと。アニメの中にSFを期待しなくって長らくSF的な見方を忘れていたらしい。『プラネテス』はSFアニメの傑作なのだ。

 と思って文を書きながらネットで調べていたらこの作品原作は2002年にSF関係の賞である星雲賞を受賞してた。

/プラネテス公式サイト
/星雲賞 
《animeanime》

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