なぜ、日本のアニメは強いのか? | アニメ!アニメ!

なぜ、日本のアニメは強いのか?

レビュー そのほか

 テレビで、ファッションデザイナーの川久保玲の特集を観たことがある。川久保玲ことコムデギャルソンは1980年代のカリスマだ。当時、日本人が絶対入りこめないと考えられていたパリを中心とするファッション界で、東洋からの衝撃と呼ばれ一代センセーションを巻き起こした。この番組の趣旨は、川久保玲がいかに世界から評価をされてきたかだが、結論はコムデギャルソンの革新性、異質性にある。
 今までにないもの、従来にはない考え方、方法論である。川久保玲に限らず世界で成功した多くの日本人がこの異質性を持っていた。建築の安藤忠雄しかり、現代音楽の武満徹しかり。
 企業についても同様のことがいえる。トヨタが世界市場で成功したのは、海外のやりかたを取り入れたからではなく、偉大なる田舎企業といわれた経営方法にあったし、ソニーの成功は、品質と価格が全てと思われていた家電市場においてブランド戦略を打ち出すという従来と全く異なる方法を取ったからである。

 アニメもまた、日本が異質であることで世界を揺るがした分野である。近年、世界各地で急速に影響力を与えるようになったアニメは、日本のアニメの製作方法や発想形態が他国のそれと全く違うことに起因している。つまり、アニメーションは単純に創作活動の表現方法の一形態であるという考え方だ。
 アニメ(カートゥーン)は子供向けという欧米の先入観から、日本だけが抜け出すことに成功した。少女向けのアニメ、サラリーマン向けのアニメ、芸術性を重視するアニメ、全て日本でなければありえない。また、日本の悪しき伝統のスポンサー主義も、日本のアニメの可能性を広げた。
 アニメに携わる人達が、その不自由さからどう抜け出すかを思考錯誤したことがアニメの可能性を大きく飛躍させてきたし、また、商業的にペイすれば多少のことは許されるという風潮もあったように思える。

 同様のことがアニメの作画にもいえる。スタイリッシュと呼ばれる日本独特のキャラクターと色使い、海外の人は、アニメの絵それ自体に美しさを発見した。セル画をみてよく思うのは、セル画はそれ自体が絵として大変美しいことである。これは、例えばディズニーやワーナーブラザースのアニメの絵には存在しない。
 海外のアニメは確かに映画としてみる時にはよく動くし、すごいなと思わせるものがあるが、止まった絵を見せられた時に、それを美しいかは正直疑問である。また、海外のアニメはキャラクターの造形の違いはあるにしても、基本的に全て同じ方法論の作画がされ個性が少ない。
 翻って日本アニメを観ると、例えば劇場版マクロスの息を呑むような造形の美しさ、ファイブスター物語の過剰なまでの細かな絵の美しさ、連続して動く集合体を離れ、絵として見ても素晴らしい。

 日本アニメの悪しき伝統リミテッドアニメ(通常のフルアニメより遥かに少ないセル画で絵を動かすアニメ)が、場面1枚1枚の美的な価値を高めたのは、幾分皮肉な話である。でも、幸か不幸か、リミテッドアニメと商業主義が日本のアニメを世界への飛躍に導いた。おそらく、手塚治虫が鉄腕アトムでこの方法を発明しなければ、日本のアニメは、そのアニメ創成期の劇場用フルアニメーションが中心となり、後発組の日本は決して米国を追い抜くことが出来ず、現在のような豊かな日本のアニメ文化は存在しなかったに違いない。
 逆説的ではあるが、手塚治虫は漫画界に多大な貢献をしたのと同様、アニメの世界にも大きな貢献をしているのである。
《animeanime》
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